「計画する力」と「覚えておく力」が理科の成績を左右する?――実行機能と学業成績の関係
📄 Executive Functions in the Prediction of variations in academic performance in science among Saudi school children.
✍️ Alturki, H. A.
📅 論文公開: 2026年1月
3つのポイント
- 1
「段取りを立てる力(プランニング)」と「情報を頭にとどめておく力(ワーキングメモリ)」が、小学生の理科の成績を予測できることがわかりました。
- 2
子ども自身の自己評価と保護者の観察の両方が、実行機能と成績の関係を捉える手がかりになります。
- 3
家庭の社会経済的な背景も理科の成績に影響しうるため、認知面だけでなく環境面への配慮も大切です。
論文プロフィール
- 著者: Hamzah Ali Alturki
- 発表年: 2026年
- 掲載誌: Applied Neuropsychology: Child
- 調査対象: サウジアラビア・メディナ市の小学校3校に通う児童200名
- 調査内容: 実行機能(プランニング・ワーキングメモリなど)が理科の学業成績をどの程度予測できるかを、子ども自身の自己評価と保護者の報告の両面から検討
エディターズ・ノート
「うちの子、理科が苦手かも」と感じたとき、原因として真っ先に思い浮かぶのは「勉強時間が足りない」「興味がない」といったことかもしれません。しかし最近の研究では、「段取りを立てる力」や「情報を頭にとどめておく力」といった、いわば”学びの土台”となる認知機能が成績に深く関わっていることが明らかになりつつあります。今回は、その関係を小学生200名のデータで示した研究をご紹介します。
実験デザイン
本研究は非実験的な相関研究です。つまり、何かの介入を行って効果を比べるのではなく、「すでにある子どもたちの力と成績の関係」を統計的に分析するアプローチをとっています。 調査の流れを整理すると、次のようになります。
- サウジアラビア・メディナ市の小学校3校から、便宜的に200名の児童を選出
- 児童自身に 実行機能 実行機能 目標志向的な行動を制御する認知プロセスの総称。抑制制御、ワーキングメモリ、認知的柔軟性を含む。 (段取りを立てる力・情報を覚えておく力など、学びを支える脳の司令塔のような働き)に関する自己評価を実施
- 保護者にも、わが子の実行機能についてのアンケートを実施
- 理科の学業成績データを収集
- ピアソンの相関係数を用いて、実行機能の各要素と理科成績の関連を分析
| 項目 | 理科成績との関連の強さ |
|---|---|
| プランニング (段取り力) | 3 |
| ワーキングメモリ (覚えておく力) | 3 |
| その他のEF要素 | 1 |
主な結果:
- プランニング(段取りを立てる力) と ワーキングメモリ(情報を頭にとどめておく力) が、理科の成績を有意に予測できることがわかりました
- この傾向は、子ども自身の回答からも、保護者の観察からも確認されました
- 社会経済的な背景も成績に影響を与える要因として示唆されています
🔍 「便宜的サンプリング」とは?――この研究の限界を知る
本研究では「非確率的便宜的サンプリング(convenience sampling)」が用いられています。これは、アクセスしやすい対象者を選ぶ方法で、ランダムに選ぶ方法と比べると、結果を広く一般化することには慎重になる必要があります。
具体的には以下の点に注意が必要です。
- 3校のみの調査であるため、サウジアラビア全体や他の国の子どもに同じことが当てはまるとは限りません
- 相関研究のため、「実行機能が高いから成績が良い」という因果関係までは証明されていません
- 自己報告や保護者報告にはバイアス(偏り)が含まれる可能性があります
それでも、200名という一定の規模で一貫した傾向が見られたことは、実行機能と学業成績の関係を理解するうえで意味のある知見です。
古典知見との接続
この研究が示す「認知的な土台が学びを支える」という考え方は、発達心理学の大きな流れの中に位置づけることができます。 ピアジェの認知発達理論では、子どもは年齢とともに思考の枠組み( シェマ スキーマ ピアジェの認知発達理論における概念。外界を理解するための認知的な枠組みや構造。 )を発達させ、より複雑な論理的思考ができるようになるとされています。理科の学習には「仮説を立てて検証する」という論理的な思考が求められますが、これはまさにプランニング能力と深く結びついています。小学生の時期は、ピアジェのいう「具体的操作期」から「形式的操作期」への移行期にあたり、実行機能の発達が学びの質を左右しやすい時期といえます。 **ヴィゴツキーの 発達の最近接領域 発達の最近接領域 ヴィゴツキーが提唱した概念。子どもが一人ではできないが、大人の援助があればできる範囲のこと。 **の考え方も、本研究の示唆と響き合います。子どもが「もう少しで自力でできる」課題に取り組むとき、大人や仲間からの適切な 足場かけ(スキャフォールディング) 足場かけ 学習者の理解レベルに応じて適切な支援を提供し、徐々に支援を減らしていく教育的介入手法。 が成長を促します。実行機能が発達途上にある子どもに対しては、「段取りの立て方」や「情報の整理の仕方」を外側から支えてあげることが、まさにこの足場かけにあたるのです。
🔍 実行機能はいつ、どのように発達するのか
実行機能は生まれたときから完成しているわけではなく、脳の前頭前野の成熟とともに長い時間をかけて育っていきます。
- 3〜5歳頃: 基本的な抑制制御(「待って」と言われて我慢する力)が芽生えはじめます
- 6〜12歳頃: プランニングやワーキングメモリが大きく伸び、学校の学習に直結するようになります。今回の研究対象はまさにこの時期です
- 思春期〜青年期: より複雑な状況での判断力や、長期的な目標に向けた計画力が発達します。前頭前野の成熟は20代半ばまで続くとされています
つまり、小学生のお子さまの「段取りが苦手」「すぐ忘れてしまう」は、脳がまさに発達途上にあるからこそ起きる自然な姿でもあります。
読後感
「段取りを立てる力」と「覚えておく力」。大人にとっても簡単ではないこの2つの力が、子どもの学びの土台になっているというのは、考えてみれば自然なことかもしれません。
お子さまが「何から手をつけていいかわからない」と困っている場面はありませんか? それは怠けているのではなく、脳の司令塔がまさに成長の途中にあるサインかもしれません。
あなたのお子さまは、どんな場面で「段取りを立てる」のが得意で、どんな場面で難しそうにしていますか? その観察が、お子さまの成長を支える最初の一歩になるはずです。