「おすすめ」で流れてくるショート動画と、若者の心 — 566人の調査を慎重に読む
📄 Engagement with Algorithm-curated Short-form Video Content and Its Association with Non-suicidal Self-harm and Personality Traits.
✍️ Alharthi, SS, Alharthi, BS, Qrmli, AA, Alzahrani, AS, Althomali, MA, Alghamdi, I, Alzahrani, WJ, Alharbi, H, Altalhi, AA, Altowairqi, MK
📅 論文公開: 2026年1月
ショート動画を見る時間よりも、気分の落ち込みの方が強く結びついていました
- 1 12から30歳の566人に、動画の使い方と心の状態をたずねました
- 2 視聴時間と不安の高さは関連しましたが、他の要因を含めると弱まりました
- 3 一時点の調査のため因果は不明で、過度に不安がる必要はありません
論文プロフィール
- 著者 / 発表年 / 掲載誌: Alharthi SS ら(2026年)/Journal of Visualized Experiments
- 調査対象: サウジアラビア在住の12〜30歳の566人。うち74%が女性、51.8%が19〜25歳
- 調査内容: おすすめアルゴリズムで次々と流れてくるショート動画(ACSFV)の使い方と、不安の強さ・気分の落ち込み・ストレスなどの心の状態との関連を、一時点の質問紙調査で検討
エディターズ・ノート
指を上にすべらせるだけで次の動画が流れてくる仕組みは、いまや多くの家庭にあります。「この使い方は心に影響するのだろうか」という問いに対して、この研究は答えを出したわけではありませんが、何と何が結びついていて、何は結びついていなかったのかを丁寧に切り分けています。心配を煽るためではなく、落ち着いて考えるための材料として取り上げます。
実験デザイン
調査に参加したのは566人。ある一時点での状態をまとめて聞き取る横断研究で、参加者自身が回答する形式です。不安の強さ、気分の落ち込みやストレス、そして心の不調に関わるいくつかの指標が、標準化された質問紙で測られました。
日々の使用状況として、1日3〜4時間ショート動画を見ている人が22.5%、4時間を超える人が15.3%と報告されています。よく使われていたプラットフォームは次のとおりです。
| 項目 | 利用していた人の割合(%) |
|---|---|
| TikTok | 84.2 |
| Snapchat | 80 |
| 70 |
結果として、不安の強さは長時間の視聴と関連していました。ただし、気分の落ち込みやストレスといった他の要因を一緒に計算に入れると、視聴時間との関連は残りませんでした。最後まで安定して残ったのは、気分の落ち込みや不安の得点の高さの方でした。心の不調に関わる他の指標についても、視聴時間ではなくストレスや過去の相談歴と結びついていました。
つまりこの研究が描いたのは「動画を長く見ると心が不調になる」という単純な図ではなく、もともとの心のしんどさと、長時間の視聴と、心の不調とが、絡まり合って一緒に存在しているという景色でした。
🔍 「調整前」と「調整後」で結果が変わるのはなぜ
二つのものを並べて比べるだけだと、実は「第三のもの」が両方を動かしているのに、二つが直接つながって見えることがあります。
たとえば、気分が落ち込んでいる日は動画を長く見がちで、同時に不安も強い、ということがあり得ます。この場合、動画と不安は「関連しているように見える」だけかもしれません。
そこで研究では、気分の落ち込みやストレスも同時に計算に入れ直します(調整)。すると今回は、視聴時間と不安の関連は薄れ、気分の落ち込みの方が前面に出てきました。関連が消えたことも、立派なひとつの発見です。
🔍 この研究の限界(読むときの大切な注意点)
- 一時点の調査: 同じ人を追いかけた研究ではないため、どちらが先かは分かりません。因果関係を示すものではありません。
- すべて自己申告: 使用時間も心の状態も本人の回答によるもので、医学的な診断ではありません。質問紙は「気になる状態かどうかを幅広く拾う」ためのふるいであり、該当したことが病気を意味するわけではありません。
- 参加者の偏り: 回答者の74%が女性で、オンラインで自発的に答えた方が中心です。そのため報告された割合は、社会全体の割合とは読み替えられません。
- 文化的な文脈: サウジアラビアという特定の地域での調査であり、著者ら自身も文化に合わせた支援の必要性を述べています。日本の家庭にそのまま当てはめることはできません。
古典知見との接続
エリクソンは青年期を、「自分は何者なのか」を探し、他者の反応のなかで確かめていく時期として描きました。おすすめ動画が流れ続ける画面は、その探索がもっとも手軽にできてしまう場所です。共感できる誰かの言葉に出会える一方で、しんどい気持ちのときに開けば、似た気持ちの投稿ばかりが返ってくることもあります。
だからこそ本研究の「気分の落ち込みの方が強く結びついていた」という結果は示唆的です。画面は原因というより、すでにある気持ちを映し返す鏡として働いているのかもしれません。
そしてボウルビィが描いたように、安心して戻れる相手がいることは、青年期になっても意味を失いません。困ったときに評価されずに話せる人がいるという感覚 — 愛着(アタッチメント) アタッチメント(愛着) 乳幼児と養育者の間に形成される情緒的な絆。ボウルビィが提唱し、安定型・不安定型等に分類される。 の土台は、思春期以降もかたちを変えて働き続けます。画面の向こうより先に、戻ってこられる場所があることが、静かな支えになります。
🔍 時間より、様子の変化に目を向ける
この研究で最後まで残ったのは、使用時間ではなく気分の落ち込みやストレスの方でした。ご家庭でも、時間の長さより次のような様子の方が手がかりになるかもしれません。
- 好きだったことへの興味が続かなくなっていないか
- 眠りにつく時間や起きる時間が、以前と大きく変わっていないか
- 話しかけたときの反応が、少し前と比べてどうか
どれも誰にでも起こる波です。「あるかないか」ではなく「以前と比べて続いているか」という見方の方が、責めずに気づけます。気になる状態が続くときは、学校の相談窓口やかかりつけの医療機関など、専門家に落ち着いて相談できる場があることも、頭の片隅に置いておけると安心です。
なお、これは研究知見をもとにした一般的な見方であり、診断や判断を示すものではありません。
読後感
この研究は、「どれだけ見たか」ではなく「どんな気持ちでいたか」の方に、より確かな手がかりがあることを示しました。前者は数えられますが、後者は数えられません。数えられないものは、そばにいる人にしか見えないのだと思います。
そして、その人にしか見えないものは、毎日会っているからこそ、かえって気づきにくいのかもしれません。
最近、お子さんが画面から顔を上げたとき、どんな表情をしていましたか。