子育て論文研究室
認知科学

「頭の切り替え力」は5歳でもう3つに分かれている?──500人の子どもが教えてくれた実行機能の構造

📄 Unity or Diversity in Executive Functions: Examining the Three-Factor Model in Young Children.

✍️ Veraksa, A., Charkhabi, M., Aslanova, M., Dvorskaya, E., Yakupova, V.

📅 論文公開: 2025年

3つのポイント

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    5歳の時点で「やめる力」「覚えておく力」「切り替える力」の3つはすでに別々の能力として区別でき、従来の「幼児期はひとまとまり」という見方を覆す結果が示されました。

  2. 2

    500人の子どもを対象にした調査で、5〜9歳のどの年齢でも3つの実行機能が分かれて存在する「三因子モデル」がもっともデータに合うことが確認されました。

  3. 3

    3つの力どうしの関連は小学2年生になると弱まり、それぞれが独立して安定していく傾向がみられました。

論文プロフィール

  • 著者: Veraksa, A.・Charkhabi, M.・Aslanova, M.・Dvorskaya, E.・Yakupova, V.
  • 発表年: 2025年
  • 掲載誌: PsyCh Journal
  • 調査対象: 5〜9歳の子ども500名(年長・就学前・小学1年生・小学2年生の4グループ)
  • 調査内容: 子どもの 実行機能 (やるべきことに集中し、衝動を抑え、頭を切り替える力)が、幼児期から学童期にかけてどのような構造をもっているかを検証

エディターズ・ノート

「うちの子、集中力がない」「すぐ気が散る」──保護者の方からよく聞くこうしたお悩みの裏側には、実は「集中力」とひとくくりにできない複数の力が関わっています。この論文は、そうした力が5歳の段階ですでに3つに分かれていることを500人規模で示した重要な研究です。「まだ小さいから仕方ない」で片づけず、お子さまのどの力が伸び盛りなのかをより丁寧に見つめるきっかけになればと思い、今回お届けすることにしました。

実験デザイン

3つの力をどう測ったのか

研究チームは500人の子どもを4つの年齢グループに分けました。

  • 年長クラス(5〜6歳)
  • 就学前クラス(6〜7歳)
  • 小学1年生(7〜8歳)
  • 小学2年生(8〜9歳)

測定には、世界的に広く使われている神経心理学検査バッテリーNEPSY-IIと、カードの仲間分けルールを途中で変更する次元変化カードソート課題(DCCS)が用いられました。

これらの課題を通じて、以下の3つの力を評価しています。

  • 抑制制御(やめる力): 思わずやりたくなる行動を「ストップ!」と止められるか
  • ワーキングメモリ(覚えておく力): 指示や情報を頭の中に保持しながら作業できるか
  • 認知の柔軟性(切り替える力): ルールが変わったときにスムーズに対応できるか
🔍 NEPSY-IIとDCCSってどんな検査?

NEPSY-IIは、3〜16歳の子どもを対象にした神経心理学検査で、注意・記憶・言語・感覚運動など幅広い領域をカバーしています。今回の研究では、このうち実行機能に関わるサブテスト(像の彫刻課題、記憶課題など)が選ばれました。 DCCS(次元変化カードソート課題)は、たとえば「色で分けてね」と言われてカードを分類していたのに、突然「今度は形で分けてね」とルールが変わる課題です。大人には簡単に思えますが、幼い子どもにとっては「さっきまでのやり方を手放して、新しいルールに従う」ことがとても難しいのです。この課題は認知の柔軟性を測る代表的な方法として、発達研究で広く使われています。

何がわかったのか

統計的なモデル比較(確認的因子分析)の結果、すべての年齢グループで「三因子モデル」がもっともデータにフィットすることが明らかになりました。

つまり、「やめる力」「覚えておく力」「切り替える力」は、5歳の時点ですでにそれぞれ独立した能力として区別できるということです。

各モデルのデータへの当てはまりの良さ(概念図:実際の適合度指標を相対的に表現したもの) 0 18 36 54 72 90 モデル適合度(相対イメージ) 30 一因子モデル 55 二因子モデル 90 三因子モデル
各モデルのデータへの当てはまりの良さ(概念図:実際の適合度指標を相対的に表現したもの)
項目 モデル適合度(相対イメージ)
一因子モデル 30
二因子モデル 55
三因子モデル 90
各モデルのデータへの当てはまりの良さ(概念図:実際の適合度指標を相対的に表現したもの)

これは、「幼児期の実行機能はまだ未分化でひとかたまり」とする先行研究の見方とは異なる結果です。

さらに興味深いのは、3つの力の相互関連が学年が上がるにつれて弱まっていく傾向が見られた点です。年長クラスでは3つの力が中程度に関連し合っていましたが、小学2年生になるとその結びつきが弱まり、それぞれの力がより独立して機能するようになっていく様子がうかがえます。

年齢が上がるにつれて3つの実行機能の関連が弱まる傾向(概念図:論文の相関分析結果の傾向を視覚化) 0 15 31 46 62 77 関連の強さ(相対イメージ) 年齢(歳) 3つの力の相互関連の強さ: 70 (年齢(歳)=5) 3つの力の相互関連の強さ: 60 (年齢(歳)=6) 3つの力の相互関連の強さ: 45 (年齢(歳)=7) 3つの力の相互関連の強さ: 35 (年齢(歳)=8) 3つの力の相互関連の強さ
年齢が上がるにつれて3つの実行機能の関連が弱まる傾向(概念図:論文の相関分析結果の傾向を視覚化)
系列 年齢(歳) 関連の強さ(相対イメージ)
3つの力の相互関連の強さ 5 70
3つの力の相互関連の強さ 6 60
3つの力の相互関連の強さ 7 45
3つの力の相互関連の強さ 8 35
年齢が上がるにつれて3つの実行機能の関連が弱まる傾向(概念図:論文の相関分析結果の傾向を視覚化)
🔍 「関連が弱まる」のは良いこと?悪いこと?

一見すると「バラバラになってしまう」ように聞こえるかもしれませんが、これはネガティブな変化ではありません。

たとえるなら、楽器を習い始めたばかりの頃は「リズムを取る」「正しい音を出す」「楽譜を読む」のすべてに同じくらいエネルギーを使いますが、上達するにつれてそれぞれが自動化され、独立して動くようになります。

実行機能も同じで、成長とともにそれぞれの力が専門化し、必要な場面で効率よく発揮できるようになっていくと考えられています。これは脳の発達がうまく進んでいるサインとも言えます。

古典知見との接続

ヴィゴツキーの「高次精神機能」との関わり

この論文で繰り返し言及される「実行機能」は、 発達の最近接領域 を提唱したヴィゴツキーの「高次精神機能」という概念と深くつながっています。

ヴィゴツキーは、子どもの思考が「周囲の大人とのやりとり」を通じて徐々に内面化され、自分自身の行動をコントロールする力へと変わっていくと考えました。今回の研究で測定された「やめる力」「覚えておく力」「切り替える力」は、まさにこの自己制御の内面化プロセスを具体的に捉えたものと言えます。

5歳ですでに3つの力が分かれているという今回の発見は、ヴィゴツキーの理論に照らすと、「子どもは5歳頃にはすでに、外からの助けを借りながらも、異なる種類の自己制御を使い分け始めている」ことを示唆しています。

ピアジェの認知発達段階との接点

ピアジェの理論では、5〜7歳は「前操作期」から「具体的操作期」への移行期にあたります。この時期、子どもは目に見える具体的な事物を使って論理的に考える力を獲得していきます。

今回の研究で、まさにこの移行期にあたる子どもたちの実行機能がすでに3つに分化していたことは、ピアジェが指摘した認知構造の質的な変化が、実行機能の構造的な分化と並行して起きている可能性を示しています。

🔍 ミヤケモデル──「統一性と多様性」という考え方

今回の論文が検証した「三因子モデル」は、心理学者ミヤケらが2000年に提唱した「Unity and Diversity(統一性と多様性)モデル」に基づいています。

このモデルは、実行機能を次のように捉えます。

  • 統一性(Unity): 3つの力には共通の基盤がある(だからある程度の相関がある)
  • 多様性(Diversity): しかし同時に、それぞれが独自の役割をもつ別々の能力でもある

大人の研究ではこのモデルが広く支持されていましたが、「子どもにも当てはまるのか?」は長年の議論のテーマでした。今回の研究は、5歳という早い段階からこの「統一かつ多様」な構造が見られることを示した点で、発達研究における重要な証拠となっています。

読後感

この研究は、500人の子どもたちのデータから「頭の使い方は5歳ですでに3つの顔をもっている」ことを示しました。ただし、横断研究(ある一時点での比較)であるため、同じ子どもが成長とともにどう変化するかは今後の縦断研究に委ねられています。

お子さまの日々の行動を思い浮かべてみてください。「やめる」「覚えておく」「切り替える」──この3つのうち、お子さまが今いちばん得意なのはどれでしょうか? そして、もう少し時間をかけて育とうとしているのはどれでしょうか?

その問いに目を向けることが、お子さまの「今」をより深く理解する第一歩になるかもしれません。