「1・2・3の順番」がわかる力は、なぜ小学校に入ってから伸びるのか?
📄 Late-emerging associations between numeral order and children's mathematics: what predicts is changing.
✍️ Muñez, D., Cheung, P., See, J., Lim, M.
📅 論文公開: 2026年
3つのポイント
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「1・2・3」の順番がわかる力は、幼児期にはまだ不安定でワーキングメモリに大きく頼っていますが、小学校中学年になると独立した「数の専門スキル」へと質的に変化します。
- 2
この変化が起きた後の小学4年から5年にかけて、数の順序の理解が算数の伸びを強く予測するようになることがわかりました。
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幼児期に「まだできない」ように見える力も、認知の土台が育つにつれて本来の力を発揮し始めるという、発達の「待つ価値」を示す研究です。
論文プロフィール
- 著者: Muñez, D., Cheung, P., See, J., & Lim, M.
- 発表年: 2026年
- 掲載誌: Journal of Experimental Child Psychology
- 調査対象: 幼稚園児100名(約5〜6歳)と小学4年生99名(約9〜10歳)を、それぞれ1年間追跡
- 調査内容: 数字の順序理解(「2・3・4は正しい並び?」と判断する力)が、算数の成績をどの時期から予測し始めるのか、その背景にある認知的な変化を調べた 縦断研究 縦断研究 同一の参加者を長期間にわたって追跡調査する研究デザイン。発達的変化の因果関係を検討できる。
エディターズ・ノート
「うちの子、まだ数の順番がうまく言えない」と心配されるご家族の声を耳にすることがあります。けれど、この研究は「数の順序がわかる力」が算数の得意・不得意を左右し始めるのは、実は小学校中学年以降だと示しています。幼児期の「まだ」には、ちゃんと意味がある。その発達のメカニズムを丁寧に解き明かした本論文を、今回お届けします。
実験デザイン
この研究では、マルチコホート縦断デザインという手法が用いられました。異なる年齢の2つのグループを同時に追いかけることで、発達の変化を効率よく捉える方法です。
2つのグループ:
- 幼稚園児グループ(n = 100): 年長〜小学1年の1年間を追跡
- 小学4年生グループ(n = 99): 4年〜5年の1年間を追跡
測定した力:
- 数字の順序判断(「2・3・4」は順番通り?「3・5・4」は?)
- 数字以外の順序判断(アルファベットや月の順番)
- ワーキングメモリ(頭の中で情報を一時的に保持・操作する力)
- 数の大きさの処理(どちらの数が大きいか素早く判断する力)
- 算数の成績
| 項目 | 参加人数(名) |
|---|---|
| 幼稚園児 | 100 |
| 小学4年生 | 99 |
主な発見:
幼稚園児にとって、数字の順番を判断する力はまだ「不安定で未成熟なスキル」でした。正しく答えられることもあれば間違えることもあり、その成績はワーキングメモリの力に大きく左右されていました。つまり、「順番を知っている」というより「がんばって思い出している」状態です。
一方、小学4年生では、数字の順序判断はワーキングメモリから独立した「専門化されたスキル」へと変化していました。そして、この専門化された力こそが、4年生から5年生にかけての算数の伸びを強力に予測したのです。
🔍 なぜ「数字以外の順序」も測定したのか
研究チームは、数字だけでなくアルファベットや月の順番の判断力も測定しました。これは「順番を判断する力」が数字に特有のものなのか、それとも一般的な順序処理能力なのかを切り分けるためです。
結果として、小学4年生では数字の順序理解が、アルファベットや月の順序理解とは独立して算数の成績を予測しました。これは、数字の順序理解が単なる「並べる力」ではなく、数に特化した認知スキルへと発達していることを意味しています。
古典知見との接続
この研究の知見は、発達心理学の古典的な理論と深く響き合います。
スキーマ(ものごとの理解の枠組み) スキーマ ピアジェの認知発達理論における概念。外界を理解するための認知的な枠組みや構造。 の発達を重視したピアジェの理論では、子どもの思考は段階的に質的な変化を遂げるとされています。本研究が示した「ワーキングメモリに頼る未分化な力」から「独立した専門スキル」への変化は、まさにピアジェが述べた前操作期から具体的操作期への移行と重なります。幼児期の子どもが「2・3・4」の順番を判断するとき、それは数の体系的な理解というより、記憶を頼りに一つずつ確認する作業に近いのです。具体的操作期に入ると、数の関係性を体系的に把握できるようになり、順序判断が「考えなくてもわかる」レベルへと変わっていきます。
🔍 ピアジェの「数の保存」との関係
ピアジェの有名な実験に「数の保存課題」があります。同じ数のおはじきを広げて並べると「こっちが多い」と答えてしまう幼児が、7歳前後になると「並べ方が変わっても数は同じ」と理解できるようになります。
今回の研究が示す「数の順序理解の成熟」も、これと同じ流れにあると考えられます。見た目や記憶に頼るのではなく、数の関係性そのものを理解するという、認知の質的な変化です。
また、ヴィゴツキーの 発達の最近接領域 発達の最近接領域 ヴィゴツキーが提唱した概念。子どもが一人ではできないが、大人の援助があればできる範囲のこと。 の考え方も示唆的です。幼児期にワーキングメモリという「認知的な足場」に支えられていた数の順序理解が、やがてその足場なしでも自力で機能するようになる。これは、 足場かけ(スキャフォールディング) 足場かけ 学習者の理解レベルに応じて適切な支援を提供し、徐々に支援を減らしていく教育的介入手法。 が外れて自立するプロセスそのものです。大人や環境からのサポートを受けながら、子どもは少しずつ「自分の力」として内面化していくのです。
読後感
お子さんが何かを「まだうまくできない」とき、それは本当に「できない」のでしょうか。それとも、目に見えない認知の土台がゆっくりと育っている最中なのでしょうか。
今日、お子さんが数や順番に関わる場面を見かけたら、少し立ち止まって観察してみてください。迷いながらも考えているその表情の奥に、どんな力が芽吹き始めているでしょうか。