赤ちゃんの表情に、母の脳はどう応えるか — 産後の絆のとまどいと感情処理
📄 Postpartum maternal bonding problems relate to aberrant neural processing of infant emotions: Results of an adapted fMRI emotional GoNoGo task.
✍️ Eckstein, M, Krauch, M, Brenner, I, Ditzen, B, Zietlow, AL
📅 論文公開: 2026年1月
産後の絆のとまどいは、赤ちゃんの表情への脳の反応と関わっていました
- 1 生後3か月、絆に悩む母親は乳児の表情に脳がより強く反応しました
- 2 参加は45名と少なく、探索的で「必ずそうなる」とは言えません
- 3 違いは半年で大きく、1年後にはやわらぐ様子も見られました
論文プロフィール
- 著者 / 発表年 / 掲載誌: Eckstein, M. ほか(2026年)/Translational Psychiatry
- 調査対象: 産後の母親45名。「わが子との絆をうまく感じられない」という悩み(絆の問題)を抱える母親と、そうではない母親を比較
- 調査内容: 新しく開発された「感情乳児GoNoGo課題」に取り組む母親の脳の活動を、fMRI(磁気を使った脳の活動計測)で記録しました。産後3か月・6か月・12か月の3回にわたって計測し、6〜12か月のあいだにはニューロフィードバックという介入も並行して行われました
エディターズ・ノート
産後に「わが子をうまく愛おしく感じられない」ととまどう気持ちは、報告によれば女性の3〜24%が経験するとされ、決してめずらしいことではありません。そしてそれは、うつとは必ずしも重ならない別のあらわれでもあります。この静かな悩みの背景で何が起きているのかを、責めるのではなく丁寧に理解しようとした研究として、今の子育てに寄り添う一本だと考えお届けします。
実験デザイン
この研究では、母親たちが画面に映る顔(赤ちゃんの表情・大人の表情・無表情など)を見ながら、「この顔のときは反応する/この顔のときはこらえる」というルールに従うGoNoGo課題に取り組みました。とっさに反応をこらえる場面での脳の働きを、fMRIで記録するしくみです。
まず、赤ちゃんの表情に対しては、大人の表情よりも強い反応が脳・行動の両面で見られ、これはすべての母親に共通していました。そのうえで、生後3か月の時点では、絆に悩む母親では赤ちゃんの感情的な表情に対して感情に関わる脳の部位(前帯状皮質・島皮質・尾状核など)がより強く反応していたと報告されています。表情の受けとめ方に、いつもと少し違う揺れがあった可能性を示唆する結果です。
🔍 GoNoGo課題ってどんなもの?
GoNoGo課題は、「合図が出たら反応する(Go)」「別の合図のときはこらえる(NoGo)」という、シンプルなルールのゲームのような検査です。思わず動きたくなる気持ちをぐっと止める力を測るのによく使われます。
この研究では、その合図に「赤ちゃんの表情」を使ったのが新しい工夫です。わが子ではなく一般的な乳児の顔ですが、赤ちゃんの表情という特別な刺激に、母親の脳と行動がどう応えるかを覗こうとしました。
🔍 この研究の読み方(限界)
- 参加したのは45名と少なく、6か月・12か月の分析は「探索的・予備的」と著者自身が明記しています。はっきり決まった事実ではなく「こういう傾向が見えた」という段階です。
- 対象は母親のみで、父親やその他の養育者は含まれていません。ここで見えたことが、すべての家族にそのまま当てはまるとは限りません。
- 脳の反応の違いが「絆の悩みの原因」なのか「結果」なのか、この研究だけでは決められません。どちらが先かは、まだわからないままです。
古典知見との接続
親と子のあいだに育つ特別な結びつきを、ボウルビィは アタッチメント(愛着) アタッチメント(愛着) 乳幼児と養育者の間に形成される情緒的な絆。ボウルビィが提唱し、安定型・不安定型等に分類される。 という言葉で描きました。それは生まれた瞬間に完成するものではなく、赤ちゃんのサインを受けとり、応えるやりとりの積み重ねのなかで、ゆっくりと形づくられていくものです。
今回の研究で心強いのは、探索的ながら、絆に悩む母親と他の母親との違いが6か月で大きくなり、1年後にはやわらいでいく様子が見られたことです。これは、赤ちゃんとの日々の経験を通して感情の受けとめ方が変わっていく、適応のプロセスがあるのかもしれないと著者は述べています。絆は、揺れながら育っていくもの——そう考えると、産後のとまどいは「欠け」ではなく、育ちの途中の一場面として見えてきます。
読後感
わが子への気持ちは、いつも同じ強さで湧いてくるわけではありません。よく笑い返せる日もあれば、うまく感じられずとまどう日もある。その揺れは、欠けではなく、関係が育っていく途中の自然な姿なのかもしれません。
今日、お子さんの表情を見て、あなたの心にはどんな気持ちがそっと動きましたか。