すくすくベリー研究所
神経科学

感情の傷跡は脳にどう残る? 子ども時代のつらい経験が感情処理に与える影響

📄 Emotional scars: limbic brain processing alterations in adults with childhood abuse across mental health disorders.

✍️ Korgaonkar, M., Tobler, C., Felmingham, K., Williams, L., Bryant, R., Breukelaar, I.

📅 論文公開: 2026年1月

脳科学 感情発達 逆境体験 思春期 トラウマ

3つのポイント

  1. 1

    子ども時代のつらい経験は、大人になってからの脳の感情処理に長期的な影響を与えます。

  2. 2

    特に「13歳未満」の経験は、無意識のうちにネガティブな情報に対して脳(海馬)が過敏に反応する傾向と関連していました。

  3. 3

    一方、「13歳から18歳」の思春期の経験は、意識的な感情処理の際に脳(扁桃体)が過剰に活動しやすくなることと関連していました。

論文プロフィール

  • 著者・発表年・掲載誌: Korgaonkar, M. S. et al. (2026). Molecular Psychiatry.
  • 調査対象: 子ども時代につらい経験(虐待)をした人、していない人を含む成人635名。この中には、うつ病、不安障害、PTSDと診断された方や、特定の診断がない健常な方も含まれています。
  • 調査内容: fMRI(機能的磁気共鳴画像法)という手法を使い、さまざまな表情の写真を見たときの脳の活動を測定。特に、つらい経験をした「時期」(13歳未満か、13〜18歳か)によって、感情を司る脳の領域(扁桃体や海馬)の反応がどう違うかを調べました。

エディターズ・ノート

子ども時代のつらい経験が心に影響を与えることは、多くの人が感じていることだと思います。 しかし、その影響が「いつ」の経験かによって、脳の反応パターンまで変わることは、あまり知られていません。

子どもの成長を見守る上で、年齢ごとの発達の「感じやすさの窓」を理解するヒントとして、この脳科学研究を選びました。

実験デザイン

この研究では、参加者を以下の3つのグループに分けて、脳の活動を比較しました。

  1. 虐待経験なしのグループ
  2. 13歳未満で虐待を経験したグループ
  3. 13歳から18歳(思春期)で虐待を経験したグループ

参加者はfMRI装置の中で、さまざまな感情(怒り、恐怖、喜びなど)を表す顔写真を見せられました。 この時、脳のどの部分が活発に働くかを測定したのです。

🔍 fMRIってどんな技術?

fMRI(機能的磁気共鳴画像法)は、脳の活動を「見える化」する技術です。

脳の特定の部分が活発に働くと、その部分により多くの酸素を含んだ血液が集まります。fMRIは、この血液の流れの変化を捉えることで、「今、脳のどこが使われているか」を画像として映し出します。

この技術のおかげで、人が何かを感じたり考えたりしている瞬間の、脳のリアルタイムな働きを調べることができるのです。

その結果、経験した時期によって、脳の異なる領域が、異なる状況で過敏に反応することがわかりました。

無意識のネガティブ感情への反応(概念図) 0 16 32 48 64 80 海馬の活動レベル 80 13歳未満での経験 30 13-18歳での経験
無意識のネガティブ感情への反応(概念図)
項目 海馬の活動レベル
13歳未満での経験 80
13-18歳での経験 30
無意識のネガティブ感情への反応(概念図)
意識的な感情全般への反応(概念図) 0 17 34 51 68 85 扁桃体の活動レベル 40 13歳未満での経験 85 13-18歳での経験
意識的な感情全般への反応(概念図)
項目 扁桃体の活動レベル
13歳未満での経験 40
13-18歳での経験 85
意識的な感情全般への反応(概念図)

具体的には、以下の2つの大きな発見がありました。

  • 13歳未満での経験: ネガティブな表情を「無意識に(ほんの一瞬だけ見せられて、見たと自覚できないレベルで)」処理する際に、記憶を司る海馬が過剰に活動しました。これは、過去のつらい記憶が無意識のうちに呼び覚まされ、危険を察知するアラームが鳴りやすくなっている状態かもしれません。
  • 13〜18歳での経験: ポジティブ・ネガティブに関わらず、全ての表情を「意識的に」処理する際に、情動(強い感情)を司る扁桃体が過剰に活動しました。これは、他者の感情に対して常に気を張り、過敏に反応してしまう状態かもしれません。
🔍 研究の限界と注意点

この研究は、つらい経験と脳活動の「関連」を示したものであり、「つらい経験が脳をこのように変化させる」という直接的な因果関係を証明したものではありません。

また、結果はあくまでグループの平均的な傾向です。同じような経験をしても、脳の反応には個人差が大きいことを心に留めておく必要があります。

しかし、特定の時期の経験が、後の感情処理パターンと関連している可能性を示した点で、非常に重要な研究と言えます。

古典知見との接続

この研究結果は、心理学者ジョン・ボウルビィが提唱した 愛着(アタッチメント)理論 と深く響き合います。

愛着理論では、子どもが養育者との間に築く初期の情緒的な絆が、その後の心の安定や対人関係の土台になると考えます。この絆が脅かされるような経験は、子どもが世界をどう見るかの「心のメガネ(内部作業モデル)」に深く影響を与えます。

今回の研究は、この「心のメガネ」が、単なる心の問題だけでなく、脳の働き方そのものに具体的な変化として刻まれる可能性を示唆しています。

  • 13歳未満の経験と海馬の反応: これは、世界は危険な場所であるという「内部作業モデル」が形成され、無意識レベルで常に危険を察知しようとする脳の働きに繋がっているのかもしれません。
  • 思春期の経験と扁桃体の反応: これは、他者は予測不可能で、常に感情を読み解かなければならないという「内部作業モデル」が、対人関係を司る脳の領域を過敏にさせているのかもしれません。

つまり、つらい経験は、子どもがその環境で生き延びるために脳を「適応」させた結果とも捉えることができるのです。


すくすくベリーとしての解釈

私たちは、この研究から得られる知見を、プロダクトの思想の根幹に据えたいと考えています。

プロダクト設計への示唆

すくすくベリーは、お子さんの遊びや学習のログから、感情の起伏や集中力の変化などを読み解こうとしています。この研究は、例えば「些細なことで大きく感情が揺れる」「新しい課題に過度に不安を示す」といったログがあった場合、その背景に過去のつらい体験が影響している可能性を教えてくれます。

さらに重要なのは、「いつ頃」の体験かによって反応パターンが違うという点です。

将来的には、年齢ごとのログのパターン変化を長期的に分析することで、特定の時期に受けたストレスのサインをより早期に捉えることを目指しています。

これは「〇〇という行動は、△△期に受けたストレスに対する脳の懸命な適応反応かもしれない」という仮説を立て、決めつけずに、一人ひとりの背景に寄り添うための科学的な根拠となります。

ご家庭でできること

お子さんの感情が爆発したり、過度に怖がったりする姿を見ると、つい「どうしてそんなことで?」と思ってしまうかもしれません。

しかし、その反応は、過去のある時期のつらい経験から自分を守るために、脳が身につけた「生存戦略」なのかもしれません。

もしお子さんの行動の背景に思い当たることがあれば、行動そのものを叱るのではなく、まずはその感情に寄り添ってみてください。 「あの時は怖かったよね」「今はもう大丈夫だよ」と、過去の感情を認め、現在の安全を言葉と態度で伝えてあげることが、脳の過剰なアラームを少しずつ和らげる手助けになるかもしれません。

読後感

この研究は、子どもの行動の「なぜ?」を考えるとき、その子の経験してきた時間にも目を向けることの大切さを教えてくれます。

あなたのお子さんとの関わりの中で、「これは、あの子が自分を守るための反応なのかもしれない」と感じた瞬間はありますか? その時、どんな言葉をかけてあげたいと思いますか?