子育て論文研究室
発達心理学

「逆境が人を成長させる」は本当か — 子どもと青年を追った研究が示す現実

📄 Growth following adversity is rare: Evidence from a multi-informant longitudinal study of children and adolescents.

✍️ Bonner, C.V., Hankin, B.L., Young, J.F., Roberts, B.W.

📅 論文公開: 2025年

3つのポイント

  1. 1

    「つらい経験が人を成長させる」という考えは広く信じられていますが、この研究では子どもや青年で実際に成長が見られるケースはまれだと示されました。

  2. 2

    複数の人(本人・保護者など)の視点から長期間追跡したことで、思い込みに左右されにくい、より確かな見方が得られました。

  3. 3

    逆境そのものを成長の手段と捉えるのではなく、つらい時期を支える周囲の関わりこそが大切だと示唆しています。

「困難が人を強くする」「つらい経験こそが成長の糧になる」——こうした言葉は、文化やことわざ、日常の励ましの中に深く根づいています。けれども、それは本当に、子どもや青年にも当てはまるのでしょうか。本研究は、この素朴な信念を、子どもと青年を長期間追いかけた縦断的な調査によって、実証的に検証したものです。

論文プロフィール

  • 著者: Bonner, C.V. / Hankin, B.L. / Young, J.F. / Roberts, B.W.
  • 発表年: 2025年
  • 掲載誌: Journal of Research in Personality
  • 調査対象: 子どもおよび青年
  • 調査内容: 逆境(つらい出来事)を経験したあとに、心理的な成長(ポジティブな変化)が実際に起こるのかを、本人や保護者など複数の情報源から、時間を追って測定し検証しました。

エディターズ・ノート

「逆境は人を成長させる」という言葉は、励ましとしても、時に試練を正当化する論理としても語られてきました。この通念を、思い込みではなく長期データで丁寧に問い直した本研究は、子どもの困難をどう受けとめるべきかを考えるうえで、いま改めて立ち止まる価値のある一本です。

実験デザイン

本研究の最大の特徴は、二つの工夫にあります。

  • 縦断研究 (同じ子どもを時間を追って繰り返し測定する手法): ある時点の状態だけを切り取るのではなく、逆境の前後で何がどう変わったのかを追跡します。これにより「成長したと感じる」という後づけの記憶ではなく、実際の変化を捉えようとしています。
  • 多情報源(multi-informant): 本人の自己申告だけに頼らず、保護者など複数の人の視点を組み合わせます。「自分は成長した」という主観的な思い込みに左右されにくくする工夫です。

この二つを組み合わせることで、「逆境のあとに本当に成長が起きたのか」を、できるだけ客観的に見極めようとしています。その結果として、逆境のあとに明確な成長が確認できるケースは「まれ(rare)」であると報告されました。

🔍 なぜ「自己申告」だけでは不十分なのか

「あの経験のおかげで成長できた」と振り返るとき、私たちは無意識のうちに、つらかった出来事に意味を与えようとします。これは心を守るための自然な働きでもあります。

ただし、その「成長した感覚」が、実際の心理的な変化を伴っているとは限りません。本人の感覚と、周囲から見た実際の変化がずれることは珍しくないのです。だからこそ本研究は、複数の視点と時間を追った測定を重ねて、感覚ではなく実際の変化を捉えようとしました。

🔍 この研究を読むときの注意点

「成長がまれだった」という結果は、「逆境を経験した子は成長できない」という意味ではありません。あくまで「逆境そのものが自動的に成長をもたらすわけではない」ことを示すものです。

また、何をもって「成長」と定義するかによって結果は変わり得ます。論文の要約では具体的な人数や数値の詳細までは示されていないため、ここでは正確な数値の引用は控えています。

下の図は、研究が問い直した「素朴な期待」と「実際に観察された姿」の関係を整理した概念図です。具体的な数値ではなく、考え方の対比を示すためのものです。

「逆境が成長を生む」という通念の強さと、実際に観察された成長の頻度の対比(概念図・正確な数値ではありません) 0 16 32 48 64 80 イメージの強さ(相対) 80 通念(期待) 20 実際に観察された成長
「逆境が成長を生む」という通念の強さと、実際に観察された成長の頻度の対比(概念図・正確な数値ではありません)
項目 イメージの強さ(相対)
通念(期待) 80
実際に観察された成長 20
「逆境が成長を生む」という通念の強さと、実際に観察された成長の頻度の対比(概念図・正確な数値ではありません)

古典知見との接続

この研究結果は、エリク・エリクソンの心理社会的発達理論と静かに響き合います。

エリクソンは、人は各発達段階で「危機(crisis)」と呼ばれる課題に直面し、それを乗り越えることで次の力を獲得すると考えました。ここで大切なのは、エリクソンの言う「危機」は、困難そのものが自動的に成長を生むという意味ではない点です。むしろ、その課題を支える環境の中で乗り越えられたときにこそ、健やかな発達につながるとされます。

本研究が示した「逆境のあとの成長はまれ」という知見は、この視点と整合的です。つまり、つらい出来事それ自体が成長を保証するのではなく、その時期にどんな支えがあったかが鍵になる、ということです。

🔍 レジリエンスとの違い

「逆境が成長させる(心的外傷後成長)」という考えと、「レジリエンス(回復する力)」は似ていますが異なります。

  • 心的外傷後成長: つらい経験を経て、以前よりも成長した状態になること。
  • レジリエンス: つらい経験があっても、大きく崩れずに元の状態へ戻れること。

本研究が「まれ」としたのは前者です。多くの子どもにとって現実的に重要なのは、劇的な成長よりも、崩れすぎずに日常を取り戻していく支えなのかもしれません。

読後感

「あのつらい経験のおかげで成長できた」——私たちはつい、過去の困難に意味を与えたくなります。それは心を守る自然な働きでもあります。けれどこの研究は、困難そのものより、そのときそばにいてくれた誰かの存在こそが、子どもの支えになっていたのかもしれない、とそっと教えてくれます。

お子さんが何かを乗り越えようとしているとき、あなたはどんなふうにそばにいたいと思いますか。