「考える力」は一律じゃない――子どもごとに違う"頭の使い方の型"が、後の自分を律する力を予測する
📄 Profiles of executive functions in middle childhood and prediction of later self-regulation.
✍️ Brandt, A., Bondü, R., Elsner, B.
📅 論文公開: 2024年
3つのポイント
- 1
「考える力(実行機能)」は子どもによって得意・不得意の組み合わせが異なり、いくつかの"型"に分かれることが約1,657名の調査で示されました。
- 2
冷静なときの思考力(クール)と感情が動くときの判断力(ホット)は別々に育つため、一律のものさしでは捉えきれません。
- 3
学童期に見られた"型"が、その後の自分を律する力(自己制御)の育ち方を予測する手がかりになる可能性が示されました。
論文プロフィール
- 著者: Brandt, A.・Bondü, R.・Elsner, B.
- 発表年・掲載誌: 2024年・Frontiers in Psychology
- 調査対象: ドイツの地域コミュニティから集められた6〜11歳の子ども 1,657名(T1時点)。その後の発達を追跡する縦断調査
- 調査内容: 「考える力」である 実行機能 実行機能 目標志向的な行動を制御する認知プロセスの総称。抑制制御、ワーキングメモリ、認知的柔軟性を含む。 を5つの側面(冷静なときに働く3側面:抑制・ワーキングメモリの更新・認知の柔軟性/感情が動くときに働く2側面:感情を伴う意思決定・満足の先延ばし)に分け、子どもごとにどんな組み合わせの”型”があるか、そしてその型が後の自己制御をどう予測するかを検討
エディターズ・ノート
「うちの子は考える力が高い/低い」――私たちはつい、子どもの能力を一本のものさしで測りたくなります。けれどこの研究は、「考える力」が実は複数の異なる力の”組み合わせ”であり、その配合は子どもごとに違うことを、大規模なデータで丁寧に描き出しています。一人ひとりの”型”を尊重するまなざしが、なぜ大切なのか。それを科学の言葉で確かめたくて、今この一本をお届けします。
実験デザイン
この研究は、これまでの多くの実行機能研究とは異なるアプローチを取っています。 従来のやり方(変数中心アプローチ): 「抑制の力が高い子ほど、平均すると○○が高い」というように、力ごとに集団全体の傾向を見る方法です。 この研究のやり方(人間中心アプローチ): 「この子は抑制は得意だけれど柔軟性は苦手」というように、一人の子の中での力の組み合わせパターンに注目する方法です。同じような組み合わせを持つ子どもたちをグループ(プロファイル)にまとめ、その型ごとに後の育ちを追いかけます。
研究チームは、約1,657名の子ども(6〜11歳)を対象に、実行機能を次の5つの側面から測定しました。
- 抑制: やりたくなる衝動をぐっと止める力(クール)
- ワーキングメモリの更新: 頭の中の情報を必要に応じて入れ替える力(クール)
- 認知の柔軟性: 急な予定変更にもパニックにならず、スッと頭を切り替える力(クール)
- 感情を伴う意思決定: 気持ちが動く場面でも見通しを持って選ぶ力(ホット)
- 満足の先延ばし: 「いま欲しい」を我慢して、後のより良い結果を待つ力(ホット)
| 項目 | 測定した側面 |
|---|---|
| 抑制 | 1 |
| ワーキングメモリ更新 | 1 |
| 認知の柔軟性 | 1 |
| 感情を伴う意思決定 | 1 |
| 満足の先延ばし | 1 |
そのうえで、子どもたちを「似た組み合わせを持つグループ」に分類し、学童期に見られたプロファイルが、その後の 縦断的 縦断研究 同一の参加者を長期間にわたって追跡調査する研究デザイン。発達的変化の因果関係を検討できる。 な追跡で測られた自己制御(自分の行動や感情を律する力)をどの程度予測するかを分析しています。
🔍 「クールな実行機能」と「ホットな実行機能」の違い
実行機能は、感情の関与の度合いによって大きく2種類に分けて考えられています。
- クールな実行機能: 感情があまり動かない、落ち着いた場面で働く思考の力です。パズルを解く、ルールに従って分類する、頭の中で数字を覚えながら計算する――こうした場面で発揮されます。
- ホットな実行機能: 報酬や損失、欲求など、感情が強く動く場面で働く力です。「いまお菓子を1つもらう」か「待って2つもらう」かを選ぶような、気持ちが揺れる状況で試されます。
この研究が重要なのは、この2つを別々に測ったうえで、子どもごとの組み合わせを見た点です。「クールは得意でもホットは苦手」あるいはその逆、という子がいることを前提に分析しているため、一律の優劣ではなく一人ひとりの特徴が見えてきます。
🔍 この研究を読むときの注意点
大規模なサンプル(約1,657名)を縦断的に追った価値の高い研究ですが、いくつか心に留めておきたい点があります。
- 相関であって断定ではない: 学童期のプロファイルが後の自己制御を「予測する手がかりになりうる」という関係であり、「この型だから将来こうなる」と決まるわけではありません。発達は環境や経験によって変わり続けます。
- 特定の地域・文化のサンプル: ドイツの地域コミュニティのデータであり、文化や養育環境が異なれば結果の現れ方も変わる可能性があります。
- “型”は固定されたラベルではない: プロファイルは「その時点での組み合わせの傾向」であり、子どもの本質的な分類でも将来の運命でもありません。
だからこそ、この知見は「子どもを型にはめるため」ではなく「一人ひとりの違いを尊重して見守るため」に受け取りたいものです。
古典知見との接続
子どもごとに「考える力の型」が違うという発見は、発達を「一人で達成するもの」ではなく「人との関わりの中で育つもの」と捉えたレフ・ヴィゴツキーの視点と響き合います。
ヴィゴツキーは 発達の最近接領域 発達の最近接領域 ヴィゴツキーが提唱した概念。子どもが一人ではできないが、大人の援助があればできる範囲のこと。 という概念を提唱しました。これは、子どもが「一人ではまだできないけれど、大人のちょっとした手助けがあればできること」の幅を指します。重要なのは、この”幅”が子どもによって異なり、また力の側面ごとにも異なるという点です。
ある子は「衝動を止める」場面では少しの声かけで自分を律せるけれど、「気持ちが動く選択」の場面ではより丁寧な寄り添いが必要かもしれません。今回の研究が示した「クールとホットで得意・不得意が分かれる」という事実は、まさに「子どもごと・側面ごとに必要な支えの形が違う」というヴィゴツキーの洞察を、現代の実行機能研究の言葉で裏づけているように見えます。
🔍 「足場かけ」を実行機能に当てはめると
ヴィゴツキーの考えを実践に移した概念に 足場かけ 足場かけ 学習者の理解レベルに応じて適切な支援を提供し、徐々に支援を減らしていく教育的介入手法。 があります。建築の足場のように、子どもが自分でできるようになるまで一時的に支え、できるようになったら少しずつ支えを外していく関わり方です。
実行機能の文脈では、たとえばこう現れます。
- 満足の先延ばしが苦手な子へ: 最初は「あと10数えたらどうぞ」と一緒に数える。慣れてきたら「自分で数えてみる?」と任せる。
- 認知の柔軟性が育ち途中の子へ: 予定変更を伝えるとき、最初は絵カードや見通しを示して支える。徐々に口頭の説明だけで切り替えられるよう支えを減らす。
ポイントは、「その子のいまの幅」に合わせて支えの量を調整することです。今回の研究が示すように得意・不得意の組み合わせは一人ひとり違うため、足場のかけ方も画一的ではなく、その子に合わせて変えていくことが理にかなっています。
読後感
私たちは「考える力」と一言で呼びますが、その内側には、静かに集中する力、気持ちが揺れても見通しを持つ力、待つ力――いくつもの異なる力が、子どもごとに違う配合で息づいています。 あなたのそばにいるお子さんは、どんな場面で目を輝かせ、どんな場面でそっと支えを必要としているでしょうか? その組み合わせは、世界にたった一つのものです。日々の暮らしのなかに、その子だけの”型”を見つけるまなざしを、これからも一緒に育てていけたらと思います。