子育て論文研究室
発達心理学

「歩きながら計算」で子どもの脳と体が同時に伸びる? ── 二重課題トレーニングの可能性

📄 Effect of Dual-Task Training on Motor, Cognitive, and Dual-Task Performance in School-Age Children: Randomized Controlled Trial.

✍️ Büğüşan Oruç, S., Gülbetekin, E.

📅 論文公開: 2026年1月

3つのポイント

  1. 1

    体を動かしながら頭も使う『二重課題トレーニング』を週1回・4週間行ったところ、8〜10歳の子どもの運動能力と認知能力がともに向上しました。

  2. 2

    とくに『歩きながら計算する』など2つのことを同時にこなす力は、通常の体育だけの子どもたちと比べて有意に伸びていました(効果量 η² = .079)。

  3. 3

    週たった1回・40分でも効果が認められたことから、日常の遊びに『ながら動作』を取り入れる意義が示されています。

論文プロフィール

  • 著者: Büğüşan Oruç, S. & Gülbetekin, E.
  • 発表年: 2026年
  • 掲載誌: Pediatric Exercise Science
  • 調査対象: トルコ東部に暮らす8〜10歳の子ども108名
  • 調査内容: 体を動かしながら認知課題を同時に行う「二重課題トレーニング」が、運動能力・認知能力・二重課題パフォーマンスに与える影響を ランダム化比較試験 で検証

エディターズ・ノート

「運動は脳にもいい」と聞いたことがある方は多いと思います。でも、体と頭を同時に使う練習が子どもにどんな効果をもたらすのかについては、まだ十分なエビデンスがありません。今回は、週1回の体育の時間にちょっとした工夫を加えるだけで、子どもの「ながら力」が伸びることを示した研究をお届けします。

実験デザイン

参加者と群分け

108名の子ども(8〜10歳)を、ランダムに2つのグループに振り分けました。

  • 介入群: 体育の授業で二重課題トレーニングを実施(週1回・40分・4週間)
  • 統制群: 通常どおりの体育の授業を継続

測定方法

運動課題と認知課題を、それぞれ単独で行う条件同時に行う条件(二重課題条件)の両方で測定しました。

運動課題は以下の3種類です。

  • 10メートル歩行テスト: まっすぐ10メートルを歩く速さ
  • 2分間歩行テスト: 2分間でどれだけの距離を歩けるか
  • 椅子立ち上がりテスト: 椅子から繰り返し立ち上がる速さ

これらを「ただ歩く(単独条件)」と「歩きながら引き算をする(二重課題条件)」の両方で実施し、トレーニング前後の変化を比較しました。

二重課題トレーニングの中身

体育の時間に行われたトレーニングは、たとえば次のような組み合わせです。

  • 障害物をまたぎながら、引き算を暗算する
  • ボールをつきながら、色や形の名前を答える
  • バランス運動をしながら、しりとりをする

ポイントは「体の動き」と「頭の作業」を意図的に重ねること。これにより、脳の中で注意をうまく振り分けたり素早く切り替えたりする力——つまり 実行機能 が鍛えられると考えられています。

🔍 なぜ『ながら作業』は子どもにとって難しいのか

大人にとっては「歩きながら話す」ことは当たり前ですが、子どもにとっては必ずしもそうではありません。

歩行が十分に自動化されていない年齢では、歩くこと自体に注意のリソースを使います。そこに認知課題が加わると、限られた注意の容量を2つの作業で奪い合う形になります。

学童期(8〜10歳頃)は、基本的な運動がかなり自動化されてくる時期です。このタイミングで二重課題トレーニングを導入することで、「動作を支える注意の余力」を認知課題に回す練習が効率的にできるようになると考えられています。

主な結果

介入群では、トレーニング前後で以下の有意な改善が見られました。

  • 単独の認知課題: t = −4.035, P < .001
  • 単独の運動課題: t = −3.182, P = .002

そして、2つのグループ間で最も差がついたのが二重課題条件です。

  • 二重課題パフォーマンス(群間比較): F = 9.010, P = .003, 効果量 η² = .079

注目すべきは、単独で行う認知課題や運動課題の難しさ自体にはグループ間で差がなかった(P > .05)にもかかわらず、2つを同時にこなす力においては明確な差が出たという点です。つまり、このトレーニングは「頭がよくなる」「足が速くなる」というよりも、同時にやりくりする力を伸ばす効果が大きいと言えそうです。

Cohen (1988) の基準における本研究の効果量(η² = .079)の位置づけ。小〜中程度の効果に相当。 0 0 0 0 0 0 η² 0.01 小(基準値) 0.06 中(基準値) 0.079 本研究 0.14 大(基準値)
Cohen (1988) の基準における本研究の効果量(η² = .079)の位置づけ。小〜中程度の効果に相当。
項目 η²
小(基準値) 0.01
中(基準値) 0.06
本研究 0.079
大(基準値) 0.14
Cohen (1988) の基準における本研究の効果量(η² = .079)の位置づけ。小〜中程度の効果に相当。
🔍 効果量 η² = .079 をどう読むか

η²(イータ二乗)は、結果の違いのうち何パーセントがトレーニングの効果で説明できるかを示す指標です。

  • η² ≈ .01: 小さい効果
  • η² ≈ .06: 中程度の効果
  • η² ≈ .14 以上: 大きい効果

今回の .079 は「小〜中程度」に位置します。二重課題パフォーマンスの違いの約8%がトレーニングによって説明できるということです。

「たった8%?」と思われるかもしれません。しかし、週1回・合計4回という短い介入でこの数値が出たことは注目に値します。日常的に取り入れた場合や、より長い期間続けた場合にどこまで伸びるかは、今後の研究で明らかになっていくでしょう。

古典知見との接続

この研究が示す「少し難しいけれど、支えがあればできる課題を繰り返すことで力が伸びる」という構図は、ヴィゴツキーの 発達の最近接領域(ZPD) の考え方と重なります。

ヴィゴツキーは、子どもがひとりではまだできないけれど、大人や仲間の助けがあればできる「ちょうどいい難しさ」の領域こそが学びの核心だと考えました。二重課題トレーニングでは、「歩く」という自分ひとりでできる動作に「計算する」というもう一段の負荷を重ねることで、まさにこの領域に子どもを導いています。

足場かけ(スキャフォールディング) の観点から見ると、体育の授業という構造化された環境の中で、教師が課題の難易度を段階的に調整しながら進めた点が重要です。自由な遊びの中でも「ながら動作」は自然に起きますが、意図的に難易度を設計することで、より効果的に 実行機能 を伸ばせることをこの研究は示唆しています。

🔍 ZPDと二重課題トレーニングの接点

ヴィゴツキーのZPDは、本来「他者の助けがあればできる」という社会的な支えを想定しています。一方、二重課題トレーニングでは、支えの役割を果たすのは「すでに自動化された運動スキル」です。

歩行が十分に自動化されている子どもにとって、「歩きながら計算する」は、歩行という安定した土台の上に認知的な挑戦を乗せる構造になっています。つまり、自分自身の身体スキルが足場かけの役割を果たしているとも言えます。

このように、ZPDの「支え」は必ずしも人である必要はなく、子ども自身がすでに獲得したスキルが次の学びの足場になりうるという点は、ヴィゴツキー理論の現代的な拡張として興味深い視点です。

読後感

お子さんが「2つのことを同時にやろうとして、ちょっとあわあわする瞬間」を思い浮かべてみてください。靴紐を結びながら話しかけられたとき。宿題をしながらきょうだいの声が聞こえてきたとき。

その「あわあわ」は、脳が一生懸命に注意を振り分けようとしている成長の途中の姿かもしれません。

今度のお散歩のとき、ひとつだけ「ながら遊び」を足してみませんか? お子さんがどんなふうに体と頭のバランスをとるか——その様子をそっと観察してみてください。