子育て論文研究室
神経科学

ほめられること・叱られること — 思春期の脳は、大人とどう違って受け止めているか

📄 Being praised and criticized in adolescents and adults: Age-related changes in neural responses to social evaluations.

✍️ Chen, Q, Bonduelle, SLB, Wu, GR, De Raedt, R, Baeken, C

📅 論文公開: 2026年1月

思春期 脳発達 社会的評価 fMRI 親子関係

3つのポイント

  1. 1

    fMRI 実験から、思春期の子は大人より「批判」を強く感じ、その後の気分の落ち込みも大きいことが示されました。

  2. 2

    ほめられたときも叱られたときも、思春期の脳の中では、感情と思考をつなぐ回路の働き方が大人とは異なっていました。

  3. 3

    同じことばでも届き方が違うこと自体が思春期の特性で、子の側の弱さやご家族のしつけの問題ではないと読み解けます。

論文プロフィール

  • 著者 / 発表年 / 掲載誌: Chen, Q; Bonduelle, SLB; Wu, GR; De Raedt, R; Baeken, C(2026年), Developmental Cognitive Neuroscience
  • 調査対象: 思春期の若者 64名(14〜17歳)と成人 59名(20〜40歳)、合計 123名
  • 調査内容: fMRI(脳の活動を画像化する装置)で脳を撮像しながら、参加者に「批判」「ほめことば」「中立的なコメント」を提示し、思春期と成人で脳の主要部位どうしのやりとりがどう異なるかを、動的因果モデリング(DCM)という手法で解析した研究です。

エディターズ・ノート

思春期の子に何気なくかけた一言が、思いがけず深く刺さってしまった——多くのご家族が経験する場面ではないでしょうか。本研究は、その「刺さりやすさ」の背景に、思春期ならではの脳の働き方の特徴があることを、神経科学の側から丁寧に示しています。叱り方の正解探しではなく、子の受け取り方の土台を理解するための手がかりとしてお届けします。

実験デザイン

64名の思春期の若者(14〜17歳)と 59名の成人(20〜40歳)を対象に、fMRI 装置の中で「批判」「ほめことば」「中立コメント」を聞いてもらい、脳の主要 3 領域——前帯状皮質(pgACC, 感情に深く関わる領域)、背外側前頭前皮質(DLPFC, 考えを整える領域)、楔前部(precuneus, 自分について考える領域)——のあいだの「やりとりの向きと強さ」を動的因果モデリングで解析しました。

報告された主な所見は次の通りです。

  • 思春期の若者は成人に比べ、批判を「より強く受け取った」と感じ、批判後の気分の落ち込みも大きい傾向がありました。
  • 社会的評価を受けている全体の場面で、思春期では「DLPFC → pgACC(考えから感情への働きかけ)」が強く、「pgACC → DLPFC(感情から考えへの働きかけ)」と「DLPFC → precuneus(考えから自己参照への流れ)」は弱い、という回路の偏りが見られました。
  • 批判を受けた瞬間には、思春期で「DLPFC → pgACC」の促進が弱まる、つまり感情にブレーキをかける働きかけが鈍る方向の変化がありました。
  • ほめられた瞬間には、思春期で「pgACC → DLPFC」の抑制が弱まる、つまり感情の高まりがそのまま思考側に流れ込みやすい傾向が見られました。
思春期において評価の種類が感情に与える影響のイメージ(概念図) 0 16 32 48 64 80 感情の動きの大きさ(イメージ) 80 批判を受けた直後の感情の揺れ 65 ほめられた直後の感情の揺れ 30 中立コメント時の感情の揺れ
思春期において評価の種類が感情に与える影響のイメージ(概念図)
項目 感情の動きの大きさ(イメージ)
批判を受けた直後の感情の揺れ 80
ほめられた直後の感情の揺れ 65
中立コメント時の感情の揺れ 30
思春期において評価の種類が感情に与える影響のイメージ(概念図)
🔍 動的因果モデリング(DCM)とは何を見ているのか

動的因果モデリング(DCM)は、脳の複数の領域の活動を「どちらからどちらへ、どれくらい影響を及ぼしているか」という向き付きのつながりとして推定する手法です。

  • 単に「どの領域が光ったか」を見るのではなく、「A が B を押したのか、B が A を押したのか」という方向性を扱います。
  • 本研究では「考えを整える領域」「感情の領域」「自分について考える領域」の三角形が、批判やほめことばを受けたときにどう揺らぐかを描き出しています。

ただし、これはあくまで仮想モデルを当てはめた推定であり、「思春期の脳がこう動いている」と断定するというより、「こう動いていると考えると最もデータと整合する」というレベルの知見だと受け止めるのが誠実です。

🔍 この研究結果をどう受け止めるか(限界と注意点)

この結果をご家庭にそのまま当てはめる際には、いくつかの留保があります。

  • 実験室の fMRI 装置の中で、見知らぬ他者から提示されたコメントを受ける状況です。ご家族からの日々のことばが、まったく同じ脳の動きを引き起こすとは限りません。
  • サンプルは特定の地域・年齢区分のもので、文化や個人差の影響は十分には切り分けられていません。
  • 「思春期は批判に敏感だから批判してはいけない」という単純な処方箋を導く研究ではなく、あくまで「受け取り方の土台が違う」ことを示した研究です。

数値の大小よりも、「同じことばでも届き方が違う」という質的な発見として読むのが妥当です。

古典知見との接続

思春期は、エリク・エリクソンが「 自分とは何者か (アイデンティティ)」をめぐる時期として描いた発達段階にあたります。自分が周囲からどう見られているかへの感度が高まるのは、心が弱くなっているのではなく、自己像を社会の中で組み立て直している最中だから、とも言えます。

本研究が示した「批判への強い反応」「ほめことばに対しても感情がそのまま思考に流れ込みやすい」という回路の特徴は、エリクソンの描いた「他者の鏡を通して自分を確かめる時期」の像と、神経科学の側から響き合います。批判もほめことばも、思春期の子にとっては「自分とは何者か」を問い直すフィードバックになりうる——そう考えると、ことばの強さよりも「どんな自分像を映す鏡を渡しているか」という視点が大切に思えてきます。

🔍 思春期の『敏感さ』は弱さではない

思春期に社会的評価への感度が高まることは、進化的にも適応的な意味があると考えられています。

  • 家庭の外の世界に踏み出し、仲間関係や社会の中での自分の位置を学ばなければならない時期に、他者の反応を細やかに読み取る力が一時的に強まる。
  • その結果、痛みも喜びも振れ幅が大きくなるが、それは社会的な世界に深く参入していくための「学習の感度の高さ」でもある。

本研究の所見も、こうした文脈に置くと、「弱さ」ではなく「学習しているサイン」として読み直すことができます。

読後感

思春期の子にかけた一言が、自分が思うよりも深く届いてしまうことがある——それは、ご家族のことばが間違っているからではなく、その子の脳が今、世界からのフィードバックを大切に受け止めている時期だから、と読み解くこともできます。みなさんのおうちでは、最近、お子さんのどんな表情が一番気になっていたでしょうか。