子育て論文研究室
発達心理学

思春期の子どもは、大人が思うよりずっと自分で乗り越えている — ペルーの学校で見えた『視点のズレ』

📄 Challenges, salutogenic resources and adolescent agency: a qualitative study in a public school in Peru.

✍️ Guevara-Cabello, M.M., Huamancayo, B.V., Juvinyà-Canal, D., Reig-Garcia, G.

📅 論文公開: 2026年

思春期 レジリエンス エージェンシー サルトジェネシス 質的研究 親子の視点

3つのポイント

  1. 1

    思春期の子どもたちは、学業・人間関係・経済的困難などの複合的な課題に対し、個人的・社会的・精神的な多様な資源を自ら活用して乗り越えようとしています。

  2. 2

    教師(大人)は子どもの『リスクや依存性』を強調しがちですが、子ども自身はより主体的に行動している姿を語っており、大人と子どもの認識にはズレがあることが示されました。

  3. 3

    子どもの主体性(エージェンシー)は固定的な能力ではなく、置かれた環境や利用できる資源との相互作用の中で動的に揺れ動くものとして現れます。

論文プロフィール

  • 著者: Guevara-Cabello, M.M. / Huamancayo, B.V. / Juvinyà-Canal, D. / Reig-Garcia, G.(2026年)
  • 掲載誌: Frontiers in Public Health
  • 調査対象: ペルー・アコバンバの公立中等学校に通う思春期の生徒28名(女子21名・男子7名)および教師6名
  • 調査内容: 社会経済的に脆弱な環境に暮らす思春期の子どもたちが、日常の課題をどのように認識し、どんな資源を使って乗り越えようとしているかを、サルトジェネシス(健康生成論)の視点から質的に探索

エディターズ・ノート

「思春期の子どもは危なっかしい」「まだまだ大人の助けが必要だ」 — そう感じてしまうのは、自然なことです。 しかし本研究は、大人が心配しているその裏側で、子どもたち自身がどれほど主体的に資源を見つけ、困難と向き合っているかを丁寧に描き出しています。大人の「心配」と子どもの「底力」のあいだにあるズレ。このズレに気づくことが、子どもの育ちを見守るまなざしを一段やわらかくしてくれると考え、本論文を選びました。

実験デザイン

本研究は、ペルー中部高地の都市アコバンバにある公立中等学校で実施された質的研究です。

参加者

  • 思春期の生徒 28名(女子21名・男子7名)
  • 教師 6名

データ収集の方法

3種類のデータ収集法を組み合わせることで、多角的な理解を目指しました。

  1. 1か月間の個人日記: 生徒たちが日々の課題や感情を自分の言葉で綴りました
  2. フォーカスグループ(集団面接): 生徒同士の対話から共通の経験やパターンを抽出しました
  3. 教師への半構造化インタビュー: 大人の視点から見た生徒の姿を聞き取りました

分析には「リフレクティブ・テーマティック・アナリシス」(省察的主題分析)を用い、ジェンダーとサルトジェネシスの視点を分析の軸として統合しています。 コーディングは帰納的に行い、質的分析ソフト ATLAS.ti を用いて体系的に整理しました。

🔍 サルトジェネシス(健康生成論)とは

一般的な健康研究は「なぜ人は病気になるのか(病因論)」に注目しますが、サルトジェネシスは「なぜ人は困難な状況にあっても健康でいられるのか」に焦点をあてます。

医療社会学者のアントノフスキー(Antonovsky)が提唱した概念で、中心にあるのは GRR(General Resistance Resources=汎抵抗資源) という考え方です。 GRRとは、ストレスに対処し、日常に意味を見出すために人が動員できるあらゆる資源を指します。お金や知識といった物質的・知的資源だけでなく、友人関係、信仰、自己効力感なども含まれます。

本研究ではこの枠組みを思春期の子どもに適用し、「リスク」ではなく「強み」の側から子どもの姿を捉え直しています。

見えてきた課題と資源

研究の結果、子どもたちが認識している課題と、それに対して動員している資源の全体像が浮かび上がりました。

子どもたちが語った5つの課題領域:

  • 学業: 成績へのプレッシャー、学習についていく難しさ
  • 人間関係: 友人とのトラブル、いじめ、孤立感
  • 経済的困難: 家庭の経済的制約が日常に及ぼす影響
  • 家族の問題: 家庭内の緊張や不和
  • 日常の困りごと: 移動手段、時間管理、体調など

子どもたちが動員した5種類の資源(GRR):

子どもたちが動員した資源の5つのカテゴリ(概念図 — 数値は論文の質的知見をもとに活用の多様さを模式的に示したもので、実測値ではありません) 0 1 2 3 4 5 活用の多様度 5 個人的資源 4 社会的資源 3 精神的資源 2 デジタル資 2 制度的資源
子どもたちが動員した資源の5つのカテゴリ(概念図 — 数値は論文の質的知見をもとに活用の多様さを模式的に示したもので、実測値ではありません)
項目 活用の多様度
個人的資源 5
社会的資源 4
精神的資源 3
デジタル資源 2
制度的資源 2
子どもたちが動員した資源の5つのカテゴリ(概念図 — 数値は論文の質的知見をもとに活用の多様さを模式的に示したもので、実測値ではありません)
  • 個人的資源: 感情の調整、問題解決の工夫、自分なりの意味づけ
  • 社会的資源: 友人関係、家族の支え、仲間との対話
  • 精神的資源: 信仰、祈り、儀式的な習慣
  • デジタル資源: SNSやインターネットでの情報収集・つながり
  • 制度的資源: 学校の支援体制、教師への相談

大人と子どもの「視点のズレ」

この研究でもっとも注目すべき発見のひとつは、教師と子どもの認識のギャップです。

教師たちも子どもの資源や芽生えつつある主体性を一部認めていましたが、全体的にはリスク・依存性・自律性の限界を強調する傾向がありました。 一方、子どもたち自身は、困難に対してより能動的に取り組んでいる姿を語っていました。

この「ズレ」は、大人が善意で子どもを守ろうとするあまり、子ども自身がすでに発揮している力を見過ごしてしまう可能性を示唆しています。

古典知見との接続

エリクソンの「アイデンティティ対役割の混乱」

エリクソンの心理社会的発達理論では、思春期は「自分は何者か」を模索する時期(アイデンティティ対役割の混乱)とされています。

本研究の子どもたちが、困難に直面しながらも自分なりの対処法を見つけ、意味づけを行っている姿は、まさにこのアイデンティティ形成のプロセスと重なります。 自分の力で課題に向き合い、うまくいったりいかなかったりする経験そのものが、「自分はこういう人間だ」という感覚を育てていくのです。

教師が子どもの主体性を過小評価していたという知見は、大人がこの繊細な自己形成のプロセスに無自覚に介入しすぎるリスクを示しています。

ヴィゴツキーの社会文化的発達理論

発達の最近接領域(ZPD) の考え方 — 「子どもが一人ではまだできないけれど、適切な支えがあればできること」の領域 — は、本研究の「制約された主体性(bounded agency)」の概念と深く共鳴します。

子どもたちの主体性は真空の中で生まれるのではなく、社会的な文脈の中で発揮されます。 友人との対話、教師の支え、地域の制度 — こうした 足場かけ があって初めて、子どもは自分の力を発揮できる範囲を広げていきます。

同時に、ヴィゴツキーが強調した「社会的に構成される発達」の視点は、子どもの資源が「社会的に認められる(バリデートされる)」ことの重要性とも繋がります。 子どもがどれほど主体的に動いていても、大人がその力を認めなければ、子どもの行動は「反抗」や「未熟さ」としてしか映らないかもしれません。

🔍 『制約された主体性(bounded agency)』という考え方

「エージェンシー(主体性)」とは、自分の意思で選択し、行動する力のことです。 しかし本研究は、思春期の主体性が「無制限の自由意志」ではないことを示しています。

子どもたちは確かに自分で考え、行動しています。 でもその行動は、経済的な制約、ジェンダーの規範、地域の文化、利用できる資源の有無といった構造的な条件に常に影響されています。

この「制約された主体性」という概念は、「子どもは自由にやりたいことをやれる」という楽観でも、「子どもは環境に支配されている」という悲観でもない、第三の見方を提供してくれます。 子どもの力を信じつつも、その力が発揮されるための環境条件を整える — そのバランスが大切だということです。

ユングの 個性化 との接点

本研究で描かれた子どもたちの姿 — 困難の中で自分なりの資源を見つけ、自分らしい対処法を編み出していく過程 — は、ユングが提唱した個性化(自分自身になっていくプロセス)の萌芽とも読み取れます。

思春期は、周囲から期待される「よい子」像と、内側から湧き上がる自分自身の声とのあいだで揺れる時期です。 その葛藤のなかで、精神的な資源(信仰や祈り)やデジタルな資源(SNSでの自己表現)を自ら選び取っている子どもたちの姿は、個性化の道のりの一歩と見ることができます。

読後感

大人と子どもでは、同じ出来事でも見えている景色がまったく違う — この研究はそのことを静かに、でもはっきりと示しています。

ご家族のみなさんに問いかけてみたいのは、こんなことです。

お子さんが最近、自分なりのやり方で何かを乗り越えようとしていた瞬間はありませんでしたか?

もしかしたら、その瞬間を大人は「心配な場面」として記憶しているかもしれません。 でも子どもの側から見れば、それは「自分の力を試した場面」だったのかもしれません。

その両方の視点が、いつか一つの記録のなかで出会えたら — それはとても豊かな家族の物語になるのではないでしょうか。