早産で生まれた子の就学準備——1歳半の「ことばの育ち」が教えてくれること
📄 Early development and school readiness in very preterm children.
✍️ Raghuram, K., Bando, N., Janus, M., Lee, S., Gaskin, A., Offord, A., Reid-Westoby, C., Ault, R., Ricci, M.F., Simard, M.N., Shah, P.S.
📅 論文公開: 2026年
3つのポイント
- 1
妊娠29週未満で生まれた子は、就学時に2つ以上の発達領域で「つまずきやすい」割合が同年齢の子の約2.4倍(34% 対 14%)でした。
- 2
1歳半〜2歳の時点で発達上の課題が見られなかった子でも、35%は就学時に何らかの脆弱さを示しており、早期評価だけでは見落としが生じうることが分かりました。
- 3
とりわけ1歳半〜2歳時点の「ことばの力」が低い場合、身体面・認知面・コミュニケーション面など幅広い就学準備に影響が及ぶ傾向が示されました。
論文プロフィール
- 著者: Raghuram, K. ら 11 名
- 発表年: 2026 年
- 掲載誌: Frontiers in Pediatrics
- 調査対象: カナダ・オンタリオ州で妊娠 29 週未満に生まれた子 112 名(出生年 2009 年・2012 年)
- 調査内容: 修正月齢 18〜24 か月時点の発達評価(BSID-III)と、幼稚園入学時の就学準備(EDI)との関連を、記録照合によって追跡
エディターズ・ノート
「早産で生まれた子には長い目で見守りましょう」——そう言われても、いつ、何を見守ればよいのか具体的に知る機会は多くありません。この研究は、1 歳半の「ことばの育ち」という一つの窓から、就学時の幅広い準備状態を見通せる可能性を示しています。日々お子さんのことばに耳を傾けているご家族にとって、その観察がどれほど大切かを裏づけてくれる論文として選びました。
実験デザイン
この研究は、カナダ・オンタリオ州の新生児フォローアップネットワーク(NFUN)に登録された妊娠 29 週未満出生の子ども 112 名を対象としています。
研究の流れは大きく二段階です。
- 修正月齢 18〜24 か月時点: ベイリー乳幼児発達検査第 3 版(BSID-III)で認知・言語・運動の 3 領域を評価
- 幼稚園入学時: 担任教師が記入する「早期発達指標(EDI)」で、身体面・社会性・情緒・言語と認知・コミュニケーションと一般知識の 5 領域を評価
この二つのデータを「確定的照合(deterministic linkage)」という手法でつなぎ合わせ、早期の発達評価が就学準備をどの程度予測するかを分析しました。
| 項目 | 2領域以上で脆弱と判定された割合(%) |
|---|---|
| 早産児群 | 34 |
| オンタリオ州同年齢児 | 14 |
結果のポイントを整理します。
- 早産児群は、同年齢の子と比べて EDI の 2 領域以上で脆弱と判定される割合が約 2.4 倍(34% 対 14%)
- 18〜24 か月時点で神経発達上の課題(neurodevelopmental impairment)が認められた子は、EDI 全 5 領域で脆弱性が高い
- 一方、18〜24 か月時点で 課題が「なかった」子でも 35% は就学時に脆弱性を示した
- BSID-III の言語スコアが低いほど、身体面・言語と認知・コミュニケーションと一般知識の 3 領域で脆弱性が高まる傾向
🔍 BSID-III と EDI——2つの評価ツールの違い
BSID-III(ベイリー乳幼児発達検査)は、専門家が子どもと 1 対 1 で課題を行い、認知・言語・運動を点数化する検査です。一方の EDI(早期発達指標)は、幼稚園の担任が日常の様子を観察して記入するアンケート形式の評価です。
つまり、この研究は「検査室での評価」と「日常の教室での姿」という異なる角度からの情報をつなぎ合わせているのが特徴です。検査室で「できた」ことが、教室の日常で自然に発揮できるかどうかは別の問題——そのギャップを見ようとした点に意義があります。
🔍 『課題なし』でも35%が脆弱——この数字の読み方
18〜24 か月時点で「神経発達上の課題なし」と判定された子の 35% が、就学時に脆弱性を示した——この数字は一見不安を感じさせるかもしれません。
ただし、いくつかの点に留意が必要です。
- EDI の「脆弱」は州全体の下位 10% を基準としており、臨床的な「障害」を意味するわけではありません
- 早産児は修正月齢で評価されますが、就学時にはもはや「修正」はなく暦年齢で比較されます
- サンプルサイズが 112 名と比較的小さいため、割合の推定には幅があります
この結果は「早期評価で安心しきらず、就学前後にもう一度丁寧に見守る視点を持つことが大切」というメッセージとして受け取るのが適切です。
古典知見との接続
この研究が「ことばの力」の重要性を強調している点は、ヴィゴツキーの理論と深くつながります。
ヴィゴツキーは、ことばを単なるコミュニケーションの道具ではなく、思考そのものを組み立てる足場として捉えました。子どもは最初、周囲の大人のことばを借りて行動を調整し(「まだ熱いよ、触らないでね」という声かけを聞いて手を引っ込める)、やがてその外からのことばを自分の中に取り込んで、自分自身に語りかけるようになります(「熱い、やめよう」と心の中でつぶやく)。
この過程はまさに 発達の最近接領域 発達の最近接領域 ヴィゴツキーが提唱した概念。子どもが一人ではできないが、大人の援助があればできる範囲のこと。 の考え方そのものです。子どもが「ひとりではまだ難しいけれど、大人のことばの助けがあればできる」領域を、周囲の大人が 足場かけ 足場かけ 学習者の理解レベルに応じて適切な支援を提供し、徐々に支援を減らしていく教育的介入手法。 によって支えていくのです。
本研究で、1 歳半の言語スコアが就学時の身体面やコミュニケーション面などことば以外の領域にまで影響を及ぼしていた点は、ヴィゴツキーの「ことばは認知全体の足場になる」という洞察と一致しています。ことばの育ちが遅れると、自分の行動を調整したり、新しい場面で見通しを持ったりする力にも波及する——そう考えると、この研究結果は理論的にも納得がいきます。
🔍 『外のことば』から『内のことば』へ——自己調整の発達
ヴィゴツキーは、子どもの「ひとりごと」に大きな意味を見出しました。
たとえば、パズルに取り組む 3 歳の子が「こっちかな…ちがう、こっちだ」とつぶやく場面。これは単なるおしゃべりではなく、大人から受けたことばのサポートを自分自身に向けて使い始めている証拠だとされています。
やがてこのひとりごとは心の中に沈み、「内言(ないげん)」として思考の道具になります。就学時に求められる「先生の指示を聞いて行動する」「順番を待つ」「自分の気持ちを伝える」といった力の多くは、この内言による自己調整がベースになっています。
本研究で言語の育ちが幅広い就学準備に関連していた背景には、こうしたことばの「足場」としての役割があると考えられます。
読後感
お子さんが最近、新しく使い始めたことばはありますか?
その一語は、もしかすると身体の動き方や、お友達との関わり方、新しい場面への踏み出し方とも、どこかでつながっているかもしれません。今日、お子さんが見せてくれたその小さなことばに、そっと耳を傾けてみてはいかがでしょうか。