「きっとできる」と信じる力が、変化への柔軟さを支えている
📄 Psychometric evaluation of the Chinese Snyder Dispositional Hope Scale and Adaptability Scale among Chinese EFL college students.
✍️ Chen, N., Cheng, A., Zheng, X., Liao, X.L., Li, W., Chen, I.H., Flett, G.L.
📅 論文公開: 2026年
3つのポイント
- 1
「きっとうまくいく」と信じる力(心理学でいう「希望」)が高い人ほど、予想外の変化にも柔軟に対応できる傾向があることが確認されました。
- 2
適応力には「考え方や行動を切り替える力」と「気持ちを前向きに保つ力」の2つの側面があり、希望は特に感情面の適応力と強く結びついていました。
- 3
認知的柔軟性(頭の切り替え)・周囲に助けを求める力・前向きな感情が、希望と適応力をつなぐ中心的な役割を果たしていました。
論文プロフィール
- 著者: Chen, N., Cheng, A., Zheng, X., Liao, X.L., Li, W., Chen, I.H., Flett, G.L.
- 発表年: 2026年
- 掲載誌: Acta Psychologica
- 調査対象: 中国12省・10大学に在籍する、英語を外国語として学ぶ大学生485名
- 調査内容: 「希望(Dispositional Hope)」と「適応力(Adaptability)」を測定する2つの心理尺度の中国語版について、信頼性・妥当性を多角的に検証。あわせて、希望と適応力がどのように結びついているかを構造的に分析
エディターズ・ノート
「うちの子は変化に弱いかもしれない」と感じたとき、つい「もっと強くならなきゃ」と声をかけたくなります。しかしこの研究は、変化への強さの根っこには「きっとうまくいく」と信じられる心 ― つまり希望があることを示しています。調査対象は大学生ですが、希望や適応力の種は幼少期から日々の関わりの中で育まれるもの。その仕組みを知ることで、ご家族の眼差しがより豊かになると考え、本論文を選びました。
実験デザイン
この研究は、中国12省にまたがる10大学から485名の大学生を対象に、2つの心理尺度の測定精度と両者の関係を多角的に検証したものです。
使用された尺度は2つ:
- 中国版スナイダー希望尺度(CDHS): 「目標へ向かう道筋を考えられる(経路思考)」と「自分ならやれると思える(主体思考)」の2側面から希望を測定
- 中国版適応力尺度(CAS): 新しい状況や予想外の変化にどれだけ柔軟に対応できるかを測定
分析手法:
研究チームは、1つの手法に頼らず、以下の4つのアプローチを組み合わせて検証しました。
- ラッシュ分析: 各質問項目が「やさしすぎる」「難しすぎる」ことなく適切に機能しているかをチェック
- 探索的構造方程式モデリング(ESEM): 尺度の内部構造を柔軟に探る手法
- 構造方程式モデリング(SEM): 希望と適応力の間の関係を統計的に検証
- ネットワーク分析: 個々の質問項目がどのように結びつき合っているかを可視化
🔍 ラッシュ分析とは何をしているのか
一般的なアンケート調査では、各質問への回答を単純に合計してスコアを出します。しかしラッシュ分析は、「この質問に『はい』と答えた人の能力レベル」と「この質問の難しさ」を分離して推定します。
たとえば、「テストの前日にちゃんと勉強の計画を立てる」という質問と「人生全体の目標に向かって努力を続ける」という質問では、後者に「はい」と答えるほうがずっと高い希望を持っている必要があります。ラッシュ分析は、こうした項目間の「難易度の段差」が適切かどうかを検証するのです。
今回の分析では、いくつかの項目が似たような難易度に集中しており(中間レベルへの偏り)、尺度を短縮・最適化できる余地があることが示されました。
主要な発見:
- 希望尺度は1つのまとまり(一次元構造)として機能していました
- 適応力尺度は「認知・行動の切り替え」と「感情面の適応」という2つの因子に分かれました
- 希望は適応力の両方の側面と正の関連がありましたが、特に感情面の適応力との結びつきがより強いことがわかりました
| 項目 | 希望との関連の強さ |
|---|---|
| 認知・行動面の適応力 | 60 |
| 感情面の適応力 | 85 |
ネットワーク分析では、適応力の項目群が希望と適応力の2つの概念をつなぐ「橋渡し役」を担っていることが明らかになりました。特に中心的だったのは以下の3つです。
- 認知的柔軟性: 状況が変わったときに考え方を切り替える力
- リソース探索: 困ったときに周囲に助けを求める力
- 感情的ポジティビティ: 新しい場面でも前向きな気持ちを保つ力
古典知見との接続
この研究が示す「希望」と「適応力」の関係は、発達心理学の古典的な知見とも深くつながっています。
ピアジェの適応理論との接続
ピアジェは、子どもの知的発達を「 シェマ(認知の枠組み) スキーマ ピアジェの認知発達理論における概念。外界を理解するための認知的な枠組みや構造。 」の変化として説明しました。子どもは新しい経験に出会うと、既存の枠組みに取り込もうとし(同化)、それでうまくいかないときは枠組みそのものを変えます(調節)。この「同化と調節のバランス」こそが適応であり、本研究で測定された「認知的柔軟性」の発達的な原型といえます。
たとえば、積み木を「高く積むもの」と思っていた子が、ある日「並べて道路にする」遊びを発見する。これはまさに、頭の中の枠組みを柔軟に組み替える「調節」のプロセスです。
🔍 ピアジェの「均衡化」と希望の関係
ピアジェは、同化と調節がうまくバランスを取るプロセスを「均衡化」と呼びました。子どもが「あれ?思っていたのと違う」と気づき、認知の枠組みを更新していく際には、一時的に不均衡な状態を経験します。
この不均衡を乗り越えるためには、「きっと自分なりに理解できるはずだ」という感覚 ― つまり本研究でいう「希望」に近い心理的資源が必要です。希望が高い子は、わからない状態に直面しても「別のやり方を試してみよう」と経路思考を働かせやすく、結果として認知の柔軟な再構成が促されると考えられます。
エリクソンの「希望」との接続
エリクソンは、人生最初の発達課題である「基本的信頼 vs. 不信」を乗り越えたときに獲得される力を、まさに「希望(Hope)」と名づけました。養育者との安定した関わりの中で「この世界は信頼できる」「自分は大丈夫」と感じられることが、その後のあらゆる発達段階を支える土台になるという考えです。
本研究で測定されたスナイダーの「希望」は、もう少し認知的な概念 ― 「目標へ向かう道筋を思い描ける」「自分にはそれを歩む力がある」という思考パターンを指します。しかし、その認知的な希望が十分に育つためには、エリクソンが述べた乳幼児期の信頼感がしっかりと根を張っている必要があるでしょう。
つまり、赤ちゃんの頃に「泣いたら応えてもらえた」「笑ったら笑い返してもらえた」という経験の積み重ねが、やがて「きっとうまくいく」と信じられる力に育っていく。本研究が示した希望と適応力の結びつきは、エリクソンの発達理論が描いた長い発達の物語の中に位置づけることができます。
読後感
この研究が教えてくれるのは、変化に強い人は「我慢強い人」ではなく、「きっとうまくいく」と信じられる人だということです。
お子さんの日常を思い浮かべてみてください。予定が変わったとき、新しい場所に行ったとき、お友だちとうまくいかなかったとき ― お子さんはどんなふうに気持ちを立て直していますか? そしてそのとき、ご家族はどんな言葉をかけていますか?
その何気ないやりとりの一つひとつが、お子さんの中に「きっと大丈夫」と思える心を育てているのかもしれません。