予防接種の「痛い!」で見えてくる、親子の信頼関係のかたち
📄 Longitudinal and concurrent relationships between caregiver-child behaviours in the vaccination context and preschool attachment.
✍️ O'Neill, M.C., Pillai Riddell, R., Bureau, J.F., Deneault, A.A., Garfield, H., Greenberg, S.
📅 論文公開: 2021年
🕒この記事の元論文は出版から5年以上が経過しています。最新の研究も併せてご確認ください。
3つのポイント
- 1
生後2か月の予防接種時に養育者がどう寄り添ったかが、数年後の子どもの愛着パターンと関連していました。
- 2
4〜5歳の予防接種時に養育者が子どもの気持ちに敏感に応じていると、子どもの愛着がより安定する傾向がみられました。
- 3
注射という日常的なストレス場面での関わり方が、親子の信頼関係の土台に影響しうることを示す研究です。
論文プロフィール
- 著者: O’Neill, M.C. ほか6名
- 発表年: 2021年
- 掲載誌: Pain
- 調査対象: 研究1 — 生後2か月の乳児とその養育者84組(縦断追跡)、研究2 — 4〜5歳の幼児とその養育者117組(同時期測定)
- 調査内容: 予防接種という「痛み」のストレス場面で、養育者と子どもがどのように関わっているかを観察し、それが就学前の 愛着(アタッチメント) アタッチメント(愛着) 乳幼児と養育者の間に形成される情緒的な絆。ボウルビィが提唱し、安定型・不安定型等に分類される。 パターンとどう関連するかを検討
エディターズ・ノート
予防接種は、多くのご家族にとって「子どもに痛い思いをさせてしまう」と心が揺れる場面です。でも実は、この短い「痛い!」の瞬間に、親子の信頼関係にとって大切なやりとりが凝縮されていることが、最新の研究でわかってきました。「うまくあやさなければ」というプレッシャーではなく、「いつもの関わりが、ちゃんと届いている」という安心を届けたくて、この論文を選びました。
実験デザイン
この研究は、2つの独立した研究から構成されています。
研究1( 縦断研究 縦断研究 同一の参加者を長期間にわたって追跡調査する研究デザイン。発達的変化の因果関係を検討できる。 ): 生後2か月の初回予防接種時に、養育者と乳児のやりとりをビデオで記録しました。注射の1分前・直後・1分後・2分後の養育者の行動(感受性の高さ、身体的なあやし行動など)と、乳児の痛みによる苦痛反応を細かくコーディング。その後、同じ子どもたちが就学前(4〜5歳)になった時点で愛着パターンを評価しました(n = 84)。
研究2(横断研究): 4〜5歳の最後の定期予防接種時に、養育者と幼児の行動を同時期に測定し、同時点での愛着パターンとの関連を検討しました(n = 117)。
いずれも階層的重回帰分析を用い、子どもの気質や養育者の特性などを統制した上で関連を調べています。
| 項目 | 参加組数 |
|---|---|
| 研究1(縦断) | 84 |
| 研究2(横断) | 117 |
主な結果
研究全体を通じて、有意でなかった関連も複数あり、すべてが明確なパターンを示したわけではありません。その中で見えてきた主な知見は以下の通りです。
研究1(生後2か月 → 就学前)の結果:
- 注射の1分前に養育者が身体的にあやす行動(抱きしめる、なでるなど)が多かった場合、就学前の子どもの「両価型」愛着(甘えたいけど素直に甘えられない状態)が低い傾向がみられました。
- 注射2分後の乳児の痛み反応が強かった場合、就学前の愛着安定性が高く、混乱型の愛着が低い傾向がありました。
研究2(4〜5歳の同時期測定)の結果:
- 予防接種時の養育者の感受性(子どもの気持ちに気づいて適切に応じる力)が高いほど、子どもの愛着が安定している傾向がみられました。
🔍 乳児の痛み反応が強いと愛着が安定? — 意外な結果の読み解き方
研究1で「注射2分後に乳児がよく泣いていた場合、数年後の愛着が安定していた」という結果は、一見すると不思議に感じられるかもしれません。
研究者たちは、この結果を「安全な愛着を育む養育者のもとでは、子どもが痛みや不快を率直に表現できる」と解釈しています。つまり、泣くこと自体が問題なのではなく、「泣いても大丈夫」という安心感の中で泣けていることが大切だという視点です。
ただし、これは1つの研究での相関関係であり、「たくさん泣かせたほうがよい」という因果関係を示すものではありません。この点には注意が必要です。
古典知見との接続
この研究の根底にあるのは、ジョン・ボウルビィが提唱した 愛着理論 アタッチメント(愛着) 乳幼児と養育者の間に形成される情緒的な絆。ボウルビィが提唱し、安定型・不安定型等に分類される。 です。
ボウルビィは、子どもが不安や恐怖を感じたとき(お腹が空いた、痛い、怖いなど)に特定の養育者に近づこうとする行動を「愛着行動」と呼び、養育者が繰り返し応答してくれた経験が、子どもの心の中に「この人は頼りになる」「自分は助けてもらえる存在だ」という内的な信頼のモデルを作ると考えました。
予防接種は、まさにこの「不安・痛み → 養育者への接近 → 応答」というサイクルが自然に起きる場面です。本研究は、ボウルビィの理論を実際の医療場面で検証し、わずか数分間の関わりの質が数年後の愛着パターンと結びつく可能性を示しました。
🔍 愛着の4つのパターン
ボウルビィの理論をもとに、メアリー・エインスワースらの研究で分類された愛着パターンは主に4つあります。
- 安定型(secure): 養育者を安全基地として、安心して外の世界を探索できる。不安なときは養育者に戻り、なぐさめられるとまた探索に向かえる。
- 回避型(avoidant): 不安を感じても養育者に頼ることを避け、自分で何とかしようとする傾向。
- 両価型(ambivalent): 養育者に甘えたい気持ちと怒りが混在し、なぐさめられても落ち着きにくい傾向。
- 混乱型(disorganized): 養育者に近づきたいが、同時に怖さも感じ、一貫した対処ができない状態。
本研究では、これらのパターンごとに予防接種場面の行動との関連を検討しています。重要なのは、愛着パターンは固定的なラベルではなく、その後の経験や関係性の中で変化しうるものだということです。
ボウルビィが強調したのは、「一度の出来事」よりも「日常の中で繰り返される応答のパターン」です。予防接種は特別なイベントですが、そこで観察された養育者の感受性は、日々の暮らしの中で繰り返されている関わり方の縮図とも言えます。
読後感
予防接種の待合室で、少し不安そうなお子さんの手を握ったこと。注射のあとに「がんばったね」と抱きしめたこと。そんな何気ない一瞬を思い出してみてください。
お子さんが痛みや不安を感じたとき、みなさんはどんなふうに寄り添っていますか? そして、お子さんはそのとき、どんなふうに気持ちを表現していますか? — その「いつものやりとり」の中に、親子の信頼関係のかたちが静かに映し出されているのかもしれません。