子育て論文研究室
発達心理学

「音」の経験が「覚える力」を育む?人工内耳の研究が教える言葉とワーキングメモリの関係

📄 The Role of Auditory Deprivation in Verbal and Nonverbal Working Memory: Insights From School-Age Children With Cochlear Implants.

✍️ Šimić, I., Tomazin, MO., Bonetti, L.

📅 論文公開: 2026年1月

3つのポイント

  1. 1

    人工内耳をつけたお子さんは、言葉を一時的に記憶する力(言語性ワーキングメモリ)が、聴力が正常なお子さんに比べて低い傾向がありました。

  2. 2

    一方で、図形や場所を覚える力(非言語性ワーキングメモリ)には、グループ間で大きな差は見られませんでした。

  3. 3

    この結果は、言葉の記憶力の違いが脳全体の能力差ではなく、「音」情報の質の限定に由来することを示唆しています。

論文プロフィール

  • 著者名 / 発表年 / 掲載誌: Šimić, I., Tomazin, MO., & Bonetti, L. / 2026年 / Language, Speech, and Hearing Services in Schools
  • 調査対象: 人工内耳を装用している学童期の子供35名と、聴力が正常な同学年の子供23名(合計58名)
  • 調査内容: 言葉を覚える力(言語性ワーキングメモリ)と、図形や場所を覚える力(非言語性ワーキングメモリ)をグループ間で比較し、聴覚経験との関連を調べました。

エディターズ・ノート

「聞こえ」の問題が、単に音のインプットだけでなく、情報を一時的に記憶し処理する「ワーキングメモリ」にどう影響するのか。この繊細な関係性を探ることで、一人ひとりの認知特性に合わせた支援のヒントが見つかると考え、本論文を選びました。

実験デザイン

この研究では、学童期の子供たち58名を2つのグループに分け、2種類のワーキングメモリ課題に挑戦してもらいました。

  • 人工内耳グループ: 35名
  • 健聴グループ: 23名

ワーキングメモリは、大きく「言葉を扱う力」と「言葉以外を扱う力」に分けて測定されました。

  • 言語性ワーキングメモリ(VWM): 「私が言った数字を逆から言ってみて」といった課題で測定。
  • 非言語性ワーキングメモリ(NWM): 「光ったブロックの順番を覚えて、同じようにタッチしてみて」といった課題で測定。

その結果、言葉を扱うワーキングメモリ(VWM)ではグループ間に差が見られましたが、言葉以外を扱うワーキングメモリ(NWM)では大きな差はありませんでした。

🔍 ワーキングメモリって、ただの記憶力とどう違うの?

ワーキングメモリは、よく「脳のメモ帳」や「作業台」に例えられます。

情報を単に覚えておくだけの「短期記憶」とは少し違い、情報を一時的に記憶しながら、同時にそれを使って何かを考える・作業するための力です。

例えば、

  • 料理中にレシピを見ながら「次は醤油を大さじ2杯…あ、その前に玉ねぎを切らなきゃ」と手順を覚えて作業する
  • 「13 × 7」の暗算をするときに、「7×10=70」「7×3=21」を一時的に覚えておいて、最後に足し合わせる

こうした日常のあらゆる場面で、ワーキングメモリは活躍しています。特に、新しいことを学んだり、指示を聞いて行動したりする上で欠かせない力なのです。

言葉を覚える力(VWM)の比較

言語性ワーキングメモリのスコア比較(概念図) 0 17 34 51 68 85 スコア 65 人工内耳グループ 85 健聴グループ
言語性ワーキングメモリのスコア比較(概念図)
項目 スコア
人工内耳グループ 65
健聴グループ 85
言語性ワーキングメモリのスコア比較(概念図)

人工内耳グループは、健聴グループに比べて、言語性ワーキングメモリのスコアが低い傾向にありました。これは、聞こえてくる言葉の情報を一時的に保持し、処理することに多くの認知資源(脳のエネルギー)を使っている可能性を示唆します。

図形や場所を覚える力(NWM)の比較

非言語性ワーキングメモリのスコア比較(概念図) 0 17 34 50 67 84 スコア 82 人工内耳グループ 84 健聴グループ
非言語性ワーキングメモリのスコア比較(概念図)
項目 スコア
人工内耳グループ 82
健聴グループ 84
非言語性ワーキングメモリのスコア比較(概念図)

一方で、視覚的な情報を扱う非言語性ワーキングメモリでは、両グループ間に大きな差は見られませんでした。このことは、人工内耳のお子さんたちの認知能力が全体的に低いわけではなく、聴覚情報(特に言葉)の処理に特有の課題があることを示しています。

古典知見との接続

この研究は、特定の古典理論に直接言及しているわけではありません。しかし、ロシアの心理学者ヴィゴツキーが提唱した考え方と深く結びつけて考えることができます。

ヴィゴツキーは、子どもが他者との対話、特に「言葉」を内面化することで思考を発達させると考えました。この研究が示すように、言葉の情報を一時的に記憶し処理する力(言語性ワーキングメモリ)は、まさにこの「言葉による思考」の土台となる重要な機能と言えるでしょう。

聞こえの経験がこの土台作りにどう影響を与えるのかを知ることは、大人が子どもの発達をどうサポート( 足場かけ )していくかを考える上で、非常に重要な視点を与えてくれます。

読後感

あなたのお子さんは、言葉だけの指示と、絵や実物を見せながらの指示、どちらがスムーズに動けるように感じますか? 日常のどんな場面で、その違いに気づきますか?