すくすくベリー研究所
発達心理学

パンデミック下で「女の子の言葉」に起きていたこと — 環境が言語発達に与える影響とは

📄 Language learning in the context of a global pandemic: proximal and distal factors matter.

✍️ Giesbrecht, G. F., van de Wouw, M., Watts, D., Perdue, M. V., Graham, S., Lai, B. P. Y., Tomfohr-Madsen, L., Lebel, C.

📅 論文公開: 2025年1月

言語発達 環境要因 2歳 パンデミック 社会性

3つのポイント

  1. 1

    パンデミック中に生まれた2歳児の言語発達を調べたところ、特に流行初期に生まれた子どもや、女の子において「言葉がゆっくりな子」の割合が予想より高いことが分かりました。

  2. 2

    スクリーンタイムの長さや保育環境といった身近な要因に加え、社会的な公衆衛生措置の厳しさといった、より大きな環境も言葉の発達に関係していました。

  3. 3

    この結果は、子どもの発達を家庭内だけで捉えるのではなく、社会全体の状況という広い視野を持つことの大切さを示唆しています。

論文プロフィール

  • 著者名: Giesbrecht, G. F. et al.
  • 発表年: 2025年
  • 掲載誌: Pediatric Research
  • 調査対象: COVID-19パンデミック下に生まれた2歳の子ども4,037名
  • 調査内容: パンデミックという特殊な環境下での言語発達を調査。特に、話す言葉の数が少ない「言葉がゆっくりな子(Late Talkers)」に影響を与えた家庭内・外の要因を分析しました。

エディターズ・ノート

「男の子だから、言葉が遅くても仕方ないかしら」という声を耳にすることがあります。しかし、パンデミックという未曾有の環境下では、実は女の子に予想外の影響が見られたことをご存知でしょうか。

今回ご紹介する論文は、私たちの「当たり前」を揺さぶるデータを示してくれます。性差などの生まれ持った特性だけで子どもの発達を語るのではなく、一人ひとりを取り巻く「環境」の重要性を、改めて見つめ直すきっかけとして、この論文を選びました。

実験デザイン

この研究では、パンデミックの時期を3つの波(Wave)に分け、それぞれの時期に生まれた2歳児の語彙力を大規模に調査しました。語彙力の測定には、世界的に広く使われている「マッカーサー・ベイツ コミュニケーション発達質問紙」が用いられ、語彙数が下位10%に入る子どもを「言葉がゆっくりな子」と定義しています。

パンデミックの波ごとの2歳児における言葉がゆっくりな子の割合。出典: Giesbrecht et al. (2025) 0 3 5 8 10 13 言葉がゆっくりな子の割合(%) 13 第1波 10.4 第2波 8 第3波
パンデミックの波ごとの2歳児における言葉がゆっくりな子の割合。出典: Giesbrecht et al. (2025)
項目 言葉がゆっくりな子の割合(%)
第1波 13
第2波 10.4
第3波 8
パンデミックの波ごとの2歳児における言葉がゆっくりな子の割合。出典: Giesbrecht et al. (2025)

結果を見ると、最も社会的な制限が厳しかったパンデミックの初期(第1波)に生まれた子どもたちは、「言葉がゆっくりな子」の割合が13.0%と最も高かったことが分かります。

さらに驚くべきは、性別で見たときの結果です。

パンデミック下に生まれた2歳児の性別ごとの言葉がゆっくりな子の割合。出典: Giesbrecht et al. (2025) 0 3 6 10 13 16 言葉がゆっくりな子の割合(%) 15.9 女の子 9.1 男の子
パンデミック下に生まれた2歳児の性別ごとの言葉がゆっくりな子の割合。出典: Giesbrecht et al. (2025)
項目 言葉がゆっくりな子の割合(%)
女の子 15.9
男の子 9.1
パンデミック下に生まれた2歳児の性別ごとの言葉がゆっくりな子の割合。出典: Giesbrecht et al. (2025)

一般的には男の子の方が言語発達が緩やかとされる傾向がありますが、この調査では、女の子で「言葉がゆっくりな子」の割合が15.9%と、これまでの基準値よりも著しく高い結果となりました。

🔍 言葉の発達に影響を与えた「近位」と「遠位」の要因

この研究では、言葉の遅れと関連する様々な環境要因を分析しています。

  • 近位の要因(子どもに直接影響するもの):
    • スクリーンタイムが長い
    • 保育を家庭内で受けている
    • 保育環境が中断された経験がある
  • 遠位の要因(間接的に影響するもの):
    • 社会経済的地位が低い
    • 厳しい公衆衛生措置(ロックダウンなど)にさらされた

このように、テレビやスマホとの関わり方といった身近なことから、社会全体の状況までが、子どもの言葉の発達に関係していることが示唆されました。

古典知見との接続

この研究の背景には、ブロンフェンブレンナーという心理学者が提唱した**「社会生態学的システム論」**という考え方があります。

これは、子どもの発達を「個人」だけで見るのではなく、その子を取り巻く環境を「入れ子構造」として捉えるモデルです。

  • マイクロシステム: 家庭、保育園、友達など、子どもが直接関わる環境
  • メソシステム: 家庭と保育園の連携など、マイクロシステム同士の関係
  • エクソシステム: 保護者の職場環境や地域の制度など、子どもは直接関わらないが影響を受ける環境
  • マクロシステム: 社会全体の文化、法律、価値観など、最も大きな枠組みの環境

今回の研究で示された「スクリーンタイム(マイクロシステム)」から「公衆衛生措置(マクロシステム)」までの影響は、まさにこの理論を裏付けるものと言えるでしょう。子どもは、実に様々なレベルの環境と相互作用しながら育っていくのです。

🔍 ブロンフェンブレンナーってどんな人?

ウーリー・ブロンフェンブレンナー(1917-2005)は、ロシア生まれのアメリカの発達心理学者です。彼は、それまでの研究が実験室の中での子どもの行動分析に偏りがちだったことを批判し、現実の生活環境(エコロジー)の中で子どもの発達を理解することの重要性を訴えました。彼が提唱した社会生態学的システム論は、現代の児童福祉や教育政策にも大きな影響を与えています。

すくすくベリーとしての解釈

今回の研究結果は、すくすくベリーが目指す「一人ひとりの子どもを、その子を取り巻く環境全体の中で理解する」という思想と深く共鳴します。

アプリの設計思想への反映

すくすくベリーは、お子さまの遊びや学習のログといった「ミクロ」なデータから発達のヒントを読み解こうと試みています。しかし、この研究が示すように、子どもの育ちには家庭での過ごし方や社会全体の状況といった「マクロ」な要因も複雑に絡み合います。

この知見は、私たちのAI解析において「〇〇という行動が見られたから、△△の発達段階だ」と短絡的に判断するのではなく、保護者の方からいただくアンケート情報(睡眠、食事、園での様子など)と組み合わせ、より文脈に沿ったフィードバックを提供する必要性を強く示唆しています。将来的には、お子さまが暮らす地域の支援情報なども含め、より広い視野で育ちをサポートするプラットフォームへと進化させていきたいと考えています。

ご家庭で今日からできること

「うちの子、言葉が遅いかも…」と心配になった時、その原因を家庭環境や保護者の関わり方だけに求めすぎなくて大丈夫です。この研究は、子どもたちが私たち大人が思う以上に、社会全体の空気感を敏感に感じ取っていることを教えてくれます。

まずは、結果を急がず、お子さまが安心して気持ちを伝えられる環境を大切にしてみませんか。例えば、お散歩中に見つけたお花の名前を一緒に言ってみたり、お子さまの指差しの先に「にゃーにゃーだね」と応えてあげたり。そんな何気ない言葉のやりとりが、お子さまの心と言葉の根っこを豊かに育んでいくはずです。


この「環境が発達に与える影響」という視点は、幼児期に限りません。学童期になれば友人関係や学校環境が、思春期になればSNSや社会の価値観が、子どもの心に大きな影響を与えます。すくすくベリーは、0歳から18歳まで、変わりゆく環境としなやかに向き合いながら成長していく子どもたちに、生涯にわたって寄り添える存在でありたいと考えています。

読後感

パンデミックという、誰もが経験したことのない時期。 あなたのご家庭では、お子さまの生活にどんな変化がありましたか? そして、その中で、お子さまの言葉やコミュニケーションについて、何か心に残っているエピソードはありますか?

ぜひ、この機会に少しだけ振り返ってみてください。