泣いたり怒ったりが増えるのは「成長のサイン」? 生後6〜12か月の感情発達の新事実
📄 Developing Context-Appropriate Emotions: Longitudinal Changes in Emotion Reactivity and Emotion Regulation From 6 to 12 Months
✍️ Suata, Z.M., Daubney, K., Kostyrka-Allchorne, K., Wass, S.V., Sonuga-Barke, E.
📅 論文公開: 2026年
3つのポイント
- 1
生後6か月から12か月にかけて、赤ちゃんのネガティブな感情反応(泣く・怒るなど)は強く・素早くなりますが、同時にストレス場面での自己調整の努力も増えていました。
- 2
12か月の赤ちゃんは、おもちゃを取り上げられている間は強く反応しつつも、返してもらうと素早く落ち着くという「場面に応じた感情の切り替え」ができるようになっていました。
- 3
感情表現と心拍の連動が12か月で強まり、心と身体が協調して働く「感情の一貫性」が乳児期後半に芽生えることが示されました。
論文プロフィール
- 著者: Suata, Z.M. / Daubney, K. / Kostyrka-Allchorne, K. / Wass, S.V. / Sonuga-Barke, E.(2026年)
- 掲載誌: Developmental Science
- 調査対象: 生後6か月の乳児82名(男児43名)を追跡し、生後12か月時点で68名(男児36名)を再測定
- 調査内容: おもちゃを取り上げる・返すという課題を通じて、感情反応の強さ・感情の調整行動・心拍数の変化を1秒ごとに記録し、6か月から12か月への発達的変化を 縦断的 縦断研究 同一の参加者を長期間にわたって追跡調査する研究デザイン。発達的変化の因果関係を検討できる。 に検討
エディターズ・ノート
「うちの子、最近よく泣くようになった気がする」「怒りっぽくなったかも」——そんなふうに感じるご家族は少なくないと思います。ネガティブな感情が増えることは、一見すると心配のタネに思えます。しかしこの研究は、泣きや怒りが「増える」ことと「場面に合わせて使い分けられるようになる」ことが、実は同時に起きていることを精緻なデータで示しました。ご家族の日々の観察を、より安心と発見に満ちたものにするために、この論文をお届けします。
実験デザイン
この研究では、「おもちゃの取り上げと返却」という、赤ちゃんにとって身近な場面を使った実験が行われました。 課題の流れ:
- チャレンジ場面(ストレス): 赤ちゃんが遊んでいるおもちゃを、実験者がそっと取り上げます
- 回復場面(リラックス): おもちゃを赤ちゃんに返し、自由に遊ばせます
この2つの場面を通じて、以下の3つを1秒ごとに連続記録しました。
- 感情反応(リアクティビティ): 泣く・怒るなどのネガティブな感情表出の強さ
- 調整行動(レギュレーション): 指しゃぶり・視線そらし・養育者を見るなど、自分を落ち着かせようとする行動
- 心拍数: 身体の生理的な興奮度
| 項目 | 相対的な強さ |
|---|---|
| 6か月・チャレンジ | 40 |
| 12か月・チャレンジ | 70 |
| 6か月・回復 | 35 |
| 12か月・回復 | 25 |
主な発見を整理すると:
| 指標 | 6か月 → 12か月の変化 |
|---|---|
| ネガティブ反応の強さ | 増加 ↑ |
| ネガティブ反応の変動性・急激さ | 増加 ↑ |
| チャレンジ中の調整行動 | 増加 ↑ |
| 回復場面での調整行動 | 減少・安定化 ↓ |
| 心拍の場面間変化 | 6か月では変化なし → 12か月で場面に応じた変動 |
| 行動と心拍の連動 | 強まる ↑ |
🔍 「1秒ごとの記録」が明らかにしたこと
多くの発達研究では「この課題中の平均スコア」のように、ある時間帯をひとまとめにした指標を使います。しかしこの研究では、1秒ごとの連続データから以下の3つの「時間的ダイナミクス」を算出しました。
- 変動性(variability): 感情の揺れ幅の大きさ
- 不安定性(lability): 瞬間ごとの感情の振れ幅の急激さ
- 持続性(persistence): 一度変化した感情がどのくらい続くか
この細やかな分析により、12か月の赤ちゃんは「より強く・より素早く反応するが、反応の持続時間は変わらない」という、単に「泣きやすくなった」とは異なる姿が見えてきました。
つまり、12か月の赤ちゃんは「常に不機嫌になった」のではなく、ストレスがある場面ではしっかり反応し、ストレスがなくなれば素早く切り替えるという、場面に応じた感情の使い分けが育っていたのです。
古典知見との接続
この研究の発見は、発達心理学の古典的な理論と深くつながっています。
ボウルビィの 愛着理論 アタッチメント(愛着) 乳幼児と養育者の間に形成される情緒的な絆。ボウルビィが提唱し、安定型・不安定型等に分類される。 との接続
ジョン・ボウルビィは、乳児が養育者との関係の中で感情の調整を学んでいくと考えました。この研究で観察された「調整行動」には、養育者のほうを見る・養育者に手を伸ばすといった行動が含まれています。12か月の赤ちゃんがストレス場面でより多くの調整行動を見せたという結果は、養育者を「安全基地」として活用する力が育ってきていることの表れとも読めます。
🔍 ボウルビィの「安全基地」と感情調整のつながり
ボウルビィの理論では、赤ちゃんは不安や恐れを感じたとき、養育者のもとに戻って安心を得ます。この「安全基地」の存在が、赤ちゃんに「泣いても大丈夫」「怒っても受け止めてもらえる」という経験を積ませ、やがて自分自身で感情を調整する力の土台になると考えられています。
今回の研究で、回復場面(おもちゃが返された場面)での調整行動が12か月で減少し安定したという結果は、注目に値します。ストレスがなくなった場面では、わざわざ調整行動をとる必要がない——その「使い分け」ができるようになっていること自体が、感情調整の発達を示しているからです。
エリクソンの発達段階との接続
エリクソンは、生後1年が「基本的信頼 vs. 不信」の時期であると述べました。赤ちゃんが12か月に向けて感情表出を強めるのは、「この世界に自分の不快を伝えてもいいのだ」という信頼が育っている証とも解釈できます。不快を表現でき、そしてそれが受け止められる経験の積み重ねが、感情の柔軟性——つまり「場面に合った感情を出せる力」——を育てていくのかもしれません。
読後感
「泣く」「怒る」が増えた——それは、お子さんが世界との関わり方を学んでいる途中のサインかもしれません。
みなさんの目の前にいる赤ちゃんは、泣いたあと、どんなふうに自分を落ち着かせていますか? 指をしゃぶる、何かを見つめる、ご家族のほうに手を伸ばす——その小さな「切り替え」の瞬間に、今日はそっと目を向けてみませんか。