🫐 すくすくベリー研究所
発達心理学

「バイリンガルは頭の切り替えが早い」は本当?最新の追試研究が示す意外な結果

原著論文: Absence of a bilingual cognitive flexibility advantage: A replication study in preschoolers.

著者: Shokrkon, A, Nicoladis, E

論文公開:

バイリンガル 実行機能 認知柔軟性 追試 幼児

3つのポイント

  1. 1

    「バイリンガルの子は、そうでない子より頭の切り替えが得意」という説を検証した研究です。

  2. 2

    幼児にカードの色や形で分類ルールを切り替えるゲームをしてもらったところ、バイリンガルの子とそうでない子の成績に差は見られませんでした。

  3. 3

    この結果は、バイリンガルであることだけが認知能力を高める決定的な要因ではない可能性を示唆しています。

実験デザイン

本研究は、Bialystok & Martin (2004) が報告した「バイリンガル児は認知的な柔軟性(頭の切り替えの速さ)において単一言語児より優れている」という知見の追試を目的としています。

  • 参加者 (n数): 英語を話す単一言語児40名と、中国語(北京語)と英語を話すバイリンガル児40名、合計n=80名の未就学児が参加しました。年齢層は先行研究と揃えられています。

  • 手法:

    • 主要課題: 先行研究と同様に 次元変化カード分類課題 (DCCS) が用いられました。これは実行機能の一部である認知柔軟性を測定する古典的な課題です。子どもたちはまず「色」のような一つのルール(例:青いカードはこちら、赤いカードはこちら)でカードを分類します。その後、ルールが「形」(例:ウサギのカードはこちら、船のカードはこちら)に切り替わり、新しいルールに従って分類し直せるかが評価されます。
    • その他: 語彙力と数字の記憶力(デジットスパン)も測定されました。
  • 結果: DCCS課題の成績において、バイリンガル児と単一言語児の間に統計的に有意な差は認められませんでした。先行研究で見られた「バイリンガルの優位性」は、本研究では再現されなかったことになります。

  • 効果量: 論文の要旨には具体的な効果量の記載はありませんが、統計的に有意な差がなかったことから、効果量は非常に小さい、あるいは無視できるレベルであったと推測されます。

興味深いことに、本研究の参加者は、バイリンガル・単一言語児ともに、2004年の先行研究の参加者よりも高い成績を示しました。特に、単一言語児の成績の向上が顕著でした。

DCCS課題における正答率の比較(数値は論文の傾向を再現した概算値) 0 17 33 50 66 83 正答率 (%) 55 2004年 単一言語児 77 2004年 バイリンガル児 82 2021年 単一言語児 83 2021年 バイリンガル児
DCCS課題における正答率の比較(数値は論文の傾向を再現した概算値)
項目 正答率 (%)
2004年 単一言語児 55
2004年 バイリンガル児 77
2021年 単一言語児 82
2021年 バイリンガル児 83
DCCS課題における正答率の比較(数値は論文の傾向を再現した概算値)

古典知見との接続

本研究の結果は、特にヴィゴツキーとピアジェの理論的枠組みから考察することができます。

  1. レフ・ヴィゴツキーの社会文化理論: ヴィゴツキーは、子どもの認知発達が社会的・文化的文脈の中で、他者との相互作用を通じて進むことを強調しました。本研究で、2004年の研究に比べて2021年の単一言語児の成績が大幅に向上していた点は、この理論で説明できるかもしれません。この約17年間で、幼児を取り巻く環境は大きく変化しました。教育的なテレビ番組、知育アプリ、幼児教育への早期からの関心の高まりなど、実行機能を刺激する「文化的ツール」が、バイリンガル環境にあるか否かに関わらず、より多くの子どもに提供されるようになった可能性があります。つまり、言語環境という一つの要因だけでなく、子どもが育つ社会文化的な環境全体が、認知発達の基盤を底上げしているのかもしれません。これは、 最近接発達領域(ZPD) への働きかけが、社会全体でより豊かになった結果と捉えることもできます。

  2. ジャン・ピアジェの発達段階説: ピアジェは、幼児期(前操作期)の子どもの思考の特徴として中心化(centration)を挙げました。これは、物事の一つの側面(例えば色)に注意が固執してしまい、他の側面(形など)に注意を切り替えることが難しい傾向を指します。DCCS課題は、この中心化から脱却し、柔軟に思考を切り替える能力を測るものです。本研究の結果は、バイリンガル経験がこの脱中心化を特別に促進するわけではない可能性を示唆しています。むしろ、現代の多くの子どもたちが、言語環境によらず、様々な経験を通じてこの認知課題を乗り越える力を育んでいることを示していると言えるでしょう。

プロダクトインサイト

この研究結果は、子どもの認知能力育成アプリ「すくすくベリー」にとって重要な示唆を与えます。

プロダクトへの示唆: バイリンガル機能に頼るのではなく、ルールを切り替えるカードゲームのように、全ての子どもの実行機能を直接的に鍛えるコンテンツを開発すべきです。

これまで「バイリンガル教育は子どもの地頭を良くする」という期待から、アプリに多言語対応機能を追加することに価値が置かれがちでした。しかし、本研究は、バイリンガルであることが必ずしも認知柔軟性の向上に直結するわけではないことを示しています。

したがって、プロダクト開発では以下の方向性が推奨されます。

  • 普遍的な実行機能トレーニング: 言語設定に関わらず、全ての子どもが遊べる「ルール切り替えゲーム」を開発する。例えば、「最初は『赤いもの』を集めよう!次は『丸いもの』を集めよう!」といった形で、ゲームの途中で課題のルールが変化するようなコンテンツは、認知柔軟性を直接的に鍛える上で有効です。
  • 多様な認知課題の提供: 言語だけでなく、形、色、数、音など、様々な次元で注意を切り替えることを求める遊びを複数提供することで、より多くの子どもの認知発達をサポートできます。バイリンガルという付加価値に過度に依存せず、認知科学に基づいた本質的なトレーニング機能の充実にリソースを割くことが、プロダクトの教育的価値を高める上で賢明な戦略と言えるでしょう。